インピンジメントでは形状異常のある股関節の骨どうしがぶつかり関節唇・関節軟骨を損傷
近年、CTスキャン(コンピューター断層撮影装置)やMRI(磁気共鳴断層撮影装置)などの検査技術の進歩によって注目されつつあるのが、股関節唇損傷と大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI)です。メジャーリーグのニューヨーク・ヤンキースで活躍したアレックス・ロドリゲス元選手やダウンタウンの松本人志さんなど、股関節唇損傷で手術を受けたプロスポーツ選手や著名人は少なくありません。FAIという軽度の骨の形状異常が股関節にあると、股関節唇や関節軟骨の損傷が起こり、将来的に変形性股関節症を招くおそれがあるといわれています。
股関節唇は、関節軟骨とは異なる種類の線維軟骨という軟骨でできた軟部組織です。球状の大腿骨頭が外れないように、おわん状の寛骨臼の周囲を環状に取り巻き、断面は三角形の形状をしています。
股関節唇は、寛骨臼の吸着性を高めるゴムパッキンのような役割を果たしています。そのほか、関節液をとどめて関節軟骨に効率よく栄養を行き渡らせたり、関節内の圧力を均等に分散させたりする役割も果たしています。股関節唇のおかげで、寛骨臼と大腿骨頭の関節軟骨どうしがしっかりと引き寄せられ、股関節の安定性が高まります。さらに、股関節を動かすさいも、寛骨臼と大腿骨頭の軸がぶれることなく、股関節をスムーズに動かすことができるのです。
股関節唇損傷とは、ゴムパッキンの一部が割れたり、断裂したりしている状態のことです。股関節唇損傷は、変形性股関節症の患者さんの多くに見られる症状です。寛骨臼の形状異常(寛骨臼形成不全)があると起こりやすいと考えられますが、寛骨臼形成不全とは無関係に、スポーツや外傷などによって起こることもあります。
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FAIは、股関節に軽度の骨の形状異常があって寛骨臼と大腿骨頭がぶつかり、股関節唇や関節軟骨が損傷して痛みが生じる状態です。インピンジメントとは英語で「衝突」という意味で、くり返し衝突動作が起こることで、将来的に変形性股関節症に移行するおそれがあるといわれています。
FAIには、大腿骨頭の頸部のくびれが少なく、出っ張っているタイプ(カムタイプ)と、寛骨臼のかぶりが大きいタイプ(ピンサータイプ)、両者の混合タイプがあります(「正常な股関節と比べた形状異常のある股関節」の図参照)。関節軟骨とは異なり、股関節唇には神経が通っているため、寛骨臼と大腿骨頭に関節唇がはさまれるだけで痛みが生じます。
関節軟骨がすり減って、変形性股関節症と診断される患者さんの中には、FAIを合併している人がいます。FAIの人のすべてが変形性股関節症を発症するわけではありませんが、関連性は深く、変形性股関節症の予備軍と考えられています。
FAIの患者さんがジグリングを試したら股関節の痛みが和らぎスムーズに歩行できた
股関節唇損傷やFAIの治療には、関節鏡視下手術が行われます。関節鏡視下手術は、関節鏡という内視鏡を股関節の中に入れて、モニターの映像を見ながら手術する治療法です。股関節唇の損傷部分や関節軟骨のかけらを取り除くなど、変形性股関節症の発症を予防したり、股関節の痛みの原因となっている状態を改善して痛みを取り除いたりする目的で行われます。
ただし、FAIの患者さんの中には、すでに変形性股関節症の症状が認められ、関節鏡視下手術の適応でない方や、どうしても手術をさけたいという方もいらっしゃいます。そのような患者さんに、私がすすめているのがジグリング(貧乏ゆすり)です。貧乏ゆすりのような関節に負荷をかけない摩擦運動は、股関節痛の改善などに有効だと考えられています。
実際に従来の治療に加えてジグリングを試した患者さんの中には、股関節の痛みが治まった方もいらっしゃいます。さらに、足をかばうように不自然にしか歩けなかった方がスムーズに歩けるようになったケースもあります。今後、ジグリングが運動療法の主要な柱として確立されていくためには、股関節疾患の症状による有効性の見極めや治療目的の設定、ほかの治療法との組み合わせなどを長期的に検討していく必要があると考えています。