すぎおかクリニック院長 杉岡 充爾
動脈硬化で冠動脈が詰まると心筋梗塞、狭くなると狭心症が起こる危険度が高まる
循環器専門医の私が診ている病気の一つに心臓病があります。クリニックを開業する前は、約20年間にわたって千葉県船橋市立医療センターにて、心筋梗塞をはじめとする救急医療に携わってきました。クリニックを開業した後は、心臓病の診療はもちろんのこと、病気を未然に防ぐための「未病」や、病気を引き起こす原因が潜んでいる「潜病」の考えを提案しながら、多くの患者さんと向き合っています。
今回の記事では、中高年世代が覚えておきたい心臓病の基本的な知識と血管の強化法に加えて、夏から秋にかけての注意点を分かりやすく解説したいと思います。
心臓は胸の中央からやや左側にある臓器で、握りこぶしほどの大きさをしています。心臓の役割は皆さんもご存じだと思いますが、一定のリズムで収縮と拡張を繰り返すことで、全身の血管に血液を送り出しています。心臓が1回の収縮で送り出す血液の量は約60㍉㍑です。心臓は1分間に60~80回の収縮と拡張をするため、4~5㍑もの血液が全身に送り出されています。心臓が収縮と拡張(拍動)する回数は、1日約10万回。生涯にわたって一度も休むことなく、40億回以上も打ちつづける働き者の臓器なのです。
心臓から血液を送り出すのが動脈で、二酸化炭素や老廃物を回収した後、血液は静脈を通って再び心臓へ戻ってきます。全身に血液を送り出す役割を担っている心臓は「生きたポンプ」といえる臓器です。心臓は「心筋」という筋肉によってできています。この心筋が適切に収縮と拡張を繰り返すことで心臓のポンプ作用が起こり、血液を通じて全身の細胞に新鮮な酸素と栄養素が届けられるのです。
血液を届ける供給役といえる心臓ですが、心臓自身も適切に働くために酸素と栄養素を必要とします。それらを送る血液を届ける血管が「冠動脈」と呼ばれる動脈です。
動脈と病気の関係となると、動脈硬化を思い浮かべる人が多いことでしょう。血管の老化といえる動脈硬化は、加齢をはじめ、食生活の偏りや運動・睡眠不足、ストレス過多といった生活習慣の乱れによって動脈がしなやかさを失うことで起こります。そして動脈硬化は、生活習慣病(高血圧症・脂質異常症・糖尿病)の発症や悪化と密接な関係があります。
動脈硬化は心臓の冠動脈にも起こります。冠動脈の老化によって起こる代表的な疾患として、心筋梗塞と狭心症が挙げられます。心筋梗塞は動脈硬化の進行に伴って冠動脈にプラークが蓄積して血管が詰まり、心臓への血流が途絶えることで起こります。酸素と栄養素が供給されなくなった心臓は細胞の壊死を招いて、本来のポンプ機能が発揮できなくなるのです。
狭心症は、心筋梗塞のように冠動脈が詰まるまでには至らないものの、プラークの蓄積によって血管が狭くなり、心臓へ酸素と栄養素が届きにくくなった状態です。狭心症は心筋梗塞の前段階といえますが、適切な治療を受けないと動脈硬化が一段と進み、血管が閉塞して心筋梗塞を発症する危険度が高くなります。
心筋梗塞や狭心症の患者さんに行われる中心的な治療法の一つに、カテーテル(管)を使う治療があります。これは、プラークが詰まって狭窄もしくは閉塞した血管に細い管(カテーテル)を挿入して血管を拡げる治療法です。一般的には、狭窄もしくは閉塞している血管部分にバルーンと呼ばれる風船が付いたカテーテルを挿入して膨らませます。バルーンが膨らんで血管が拡がった後は、その状態を維持するためにステント(金属製のチューブ)を埋め込んで補強します。技術の進歩によって高性能のステントが増えた現在では、ほとんどの手術でステントを埋め込むようになりましたが、血管が著しく細い患者さんには行われないこともあります。
心筋梗塞の発作は急激な寒暖差によって起こりやすく夏は下肢の血栓に要注意
心筋梗塞による発作は「急激な寒暖差」によって起こりやすくなります。季節でいえば、夏を過ぎた9~10月の季節の変わり目が要注意です。秋になって涼しくなった屋外へと出た際に血圧が急上昇し、血管が収縮することで心筋梗塞の発作を起こす人は少なくありません。今の季節でいえば、暑い屋外からエアコンが効いた室内に入った際の急激な寒暖差に注意しましょう。
夏は寒暖差のみならず、水分不足によって作られる「血栓」にも気をつけましょう。汗をかく夏は水分補給を怠ると、気づかないうちに体内の水分が不足して血栓ができやすくなるからです。
静脈に血栓ができる代表的な例が、「エコノミークラス症候群」と呼ばれる静脈血栓症です。飛行機などの窮屈な座席で長時間同じ姿勢を取っていると血流が悪くなり、下肢の静脈に血栓が作られて腫れや痛みを生じることがあります。下肢の静脈に作られた血栓は、立ち上がった際に静脈内から離れて肺へ飛び、「肺血栓塞栓症(肺塞栓)」という生命を脅かす疾患を招くこともあるのです。
狭心症は、①労作性狭心症、②冠攣縮性狭心症の二つに分けることができます。労作性狭心症は、先に解説した心筋梗塞の前段階といえる状態で、心臓の血管が狭窄もしくは閉塞することで動悸や息切れ、胸の痛みといった症状が現れます。じっとしている時に症状は起こりませんが、徒歩や運動など体に負荷がかかると心臓の締め付けや冷や汗、吐き気をもよおしたりします。通常、これらの症状は少し休むと治まります。
冠攣縮性狭心症は、冠動脈に狭窄や閉塞などが見られないのに胸の締め付けや痛みが起こる狭心症です。運動をした際に不調を感じないものの、何かをきっかけに突然、血管がキュッと痙攣して起こるとされています。
冠攣縮性狭心症の発作が最も起こりやすい時間帯は、早朝の5時頃です。突然、胸の痛みを覚えて目覚めるものの、多くの場合、5分後くらいに胸の痛みが取れます。
突然、心臓の血管が収縮して起こる狭心症はストレス過多による副腎の疲労も原因
冠攣縮性狭心症が起こる原因としては、ストレスや疲労、食生活の乱れ、喫煙などが挙げられます。例えば、長時間の労働や睡眠不足などによる肉体的なストレス、人間関係を原因とする精神的なストレス、タバコの煙や化学物質といった物理的なストレスです。
さまざまな原因によってストレスを受けると、私たちの体は防御反応が働いて、体が〝ギュッ〟と硬く縮こまります。同様に、血管も緊張状態によって収縮します。この血管の収縮状態が5分程度続くことで、血流の悪化を招いてしまうのです。
ストレスから受ける影響を最小限に抑えるために働いている臓器が「副腎」です。腎臓の上に乗るように位置する副腎は、体内にストレスが発生すると、コルチゾールというホルモンを分泌して体をリセットするように導きます。
しかしながら、副腎が分泌できるコルチゾールの量には限りがあります。ストレスが降りかかる生活を送っていると副腎の機能が追い付かず、体をリセットする力が弱くなります。その結果、血管にけいれんが起こりやすくなると考えられます。冠攣縮性狭心症が起こる原因は明確になっていませんが、私は副腎機能の低下も関係があると考えています。
冠攣縮性狭心症を診断する際は、心電図による検査をはじめ、血管を拡張する作用がある医薬品のニトログリセリンを使うことがあります。胸の痛みなどの発作が起こった際に舌下錠のニトログリセリンを服用することで痛みが治まりやすくなります。労作性狭心症と同様に、ニトログリセリンを舌下で服用して1分ほどで痛みが治まれば、冠攣縮性狭心症が疑われます。同時に動脈硬化の程度を調べたり、内服薬の服用や生活習慣病の見直しをしたりして症状の改善を目指します。
心筋梗塞と狭心症は、両親や祖父母に心疾患の発症歴がある場合はさらに注意が必要です。悪玉コレステロール(LDLコレステロール)の影響による動脈硬化には、遺伝も関わっているといわれています。健康診断を受けた際に肥満や脂質異常を指摘された経験がある人は、検査結果の変化に注意してください。また、日常生活で添加物が多く含まれる加工食品や脂っこいものを多く食べている人も気をつけましょう。
次の記事では、心臓の機能を高めるために私が患者さんにおすすめしている「杉岡式・7つの習慣と運動法」をご紹介したいと思います。