帝京平成大学ヒューマンケア学部鍼灸学科准教授 大山 良樹
読者の方の中には、年を重ねるにつれて体力の衰えを実感している人も多いことでしょう。加齢に伴う体力の低下はやむをえないとしても、坂道や階段を昇っているときに動悸・息切れが起こったり、早足で歩いたときに胸が痛んだりする場合は、なんらかの状況によって心臓に負担がかかっているおそれがあります。
動悸とは、体が心臓の動きに敏感になり、不快感や違和感を自覚する状態のことです。私たちの心臓は、筋肉(心筋)が定期的に収縮と弛緩を繰り返すことで血液を送り出しています。この収縮と弛緩による運動を「拍動」といい、心臓が拍動する回数を「心拍数」といいます。多くの方がご存じの「脈拍」は動脈の拍動で、東洋医学では診察の際に脈を取って患者さんの体調を診断します。
激しい運動をしたときには、ほとんどの人が動悸を感じますが、軽い運動でも動悸を感じる場合は心臓の機能低下が疑われます。心臓の働きが低下すると全身に十分な血液を供給できなくなります。すると心臓は血液を送るために心拍数を増やすため、結果として動悸が起こります。ほかに不安やストレス、睡眠不足や過労、女性の場合は貧血・更年期障害によってホルモンのバランスがくずれると、動悸として現れることがあります。
息切れは、息苦しさなど呼吸時に不快感を伴う症状をいいます。動悸と同じように、軽い運動をしただけで息切れを感じるときは、心臓の機能が低下しているサインです。全身の酸素不足を補うために呼吸が活発になり、息切れが起こるのです。
動悸・息切れが起こる原因には、主に以下の三つがあります。
● 心臓の機能低下や異常
不整脈・狭心症・心房細動狭心症・心筋梗塞・心筋炎・心筋症・心肥大・弁膜症・心不全など
● 生理的原因
過剰なストレス・激しい運動・興奮・不眠など
● 心臓以外で起こる異常
貧血や発熱・低血糖・自律神経失調症・甲状腺機能亢進症・薬物による副作用など
原因をピンポイントで治療する西洋医学と異なり、全人的な視点で治療を行う東洋医学のツボ療法は、先に挙げたさまざまな原因によって起こる動悸・息切れに有効です。この記事では、私が厳選した二つのツボをご紹介しましょう。
「神門」は、手関節の小指側のくぼみにあるツボです。神門の「神」とは、東洋医学の概念で精神的なエネルギーを意味しています。神門のツボには自律神経を調整する働きがあり、精神的エネルギーの乱れを整えることができます。
ツボ刺激の方法は、神門のツボに手の親指を押し当て、円を描くように5秒間刺激します。これを5回、計3セット行ってください。押す力は、親指で爪の色が白っぽくなる程度が適度な刺激です。
もう一つは、「郄門」というツボです。隙間という意味がある「郄」は、急性症状の反応点・診断点・治療点として用いられ、心臓に関わる疾患の〝特効穴〟とされています。狭心症や心筋梗塞を発症した患者さんの郄門に触れてみると、硬くコリコリした反応点が見られることがあります。
ツボ刺激の方法を解説します。通常、手首の関節からひじ関節までの長さは12寸です。郄門のツボは、手首の関節からひじに向かって5寸の位置にあります。1寸は約3.03㌢なので、手首から15㌢ほどの位置にあると覚えましょう。
神門と同じように、郄門のツボも手の親指を押し当て、円を描くようにしながら5秒間刺激します。以上を5回、計3セット行いましょう。押す強さも神門と同じように、親指で爪の色が白っぽくなる程度が適切な刺激です。
冬も本番となり、これから寒さが一段と厳しくなります。狭心症や心筋梗塞といった心疾患は、油断すると命を脅かす怖い病気です。動悸・息切れをはじめとする心臓の不調を感じている人は、神門と郄門のツボ刺激を試してみてください。
● 由来
【郄門】「郄」は隙間という意味があり、骨と筋肉の隙間を意味しています。ほかにも閉じる・退けるという意味から、「元の状態に戻す」「すみやかに邪を退ける」という解釈もされます。「門」については、郄門のツボは腕の外側にある骨(橈骨)と内側にある骨(尺骨)との間にあることから、気と血がいちばん集まる門戸という意味から名づけられました
【神門】「神」は「心神を蔵す」「心は神明を主る」といった精神活動の「神」を示しています。「門」はそのような「神」の出入り口であるという意味から名づけられました
● 効能
【郄門】動悸・息切れ・胸痛・吐血・自律神経失調症・正中神経マヒど
【神門】動悸・息切れ・不整脈・喀血・吐血・気管支ぜんそく・不眠・自律神経失調症・消化不良