香りで緊張がほぐれると栽培農家の間で話題
亜熱帯域に属し、強い日ざしと肥沃な土地に恵まれている沖縄県では、多くの果物が栽培されています。マンゴーやパイナップル、シークワーサーの生産量が全国1位を誇る沖縄県では、シークワーサー以外にも、さまざまな柑橘類が栽培されています。その中の1つに、カーブチーという沖縄固有の果物があります。
カーブチーは、ミカン科コミカン亜区という芳香類に属します。カーブチーの「カー」は沖縄の方言で「皮」を表し、「ブチー」は「厚い」を意味しています。その名のとおり、果皮が厚いカーブチーは、さわやかな香りが特徴です。
秋に収穫されるカーブチーのほとんどは、沖縄県内で食べられています。カーブチーの果肉は酸味が少なく素朴な味わいで、果汁がたっぷり含まれています。
以前からカーブチーを栽培する農家の間では「さわやかな香りをかぐと緊張がほぐれてリラックスできる」といわれていました。カーブチーの特徴的な香りに興味を抱いた私は、芳香成分の研究を始めました。
研究のためにまず、沖縄本島にある12ヵ所のカーブチー栽培農園から樹木を選択し、収穫した果実の果皮を水蒸気蒸留して精油を作りました。得られたカーブチーの精油と「ベルガモット」「オレンジ・スウィート」「マンダリン」「レモン」「グレープフルーツ」「ライム」「ユズ」といった7種類の精油を比較・分析した結果、カーブチーの精油の特徴として、「γ‐テルピネン」と「チモール」という香気成分が挙げられることがわかりました。
γ‐テルピネンは柑橘類に多く含まれる香気成分で、抗酸化作用や抗ウイルス作用、脂肪分解作用があるといわれています。チモールは清涼感のある香気成分で、抗酸化作用や消臭作用があるといわれています。カーブチーの独特のさわやかな香りには、チモールが関係しています。
軽度なストレスを与えたマウスにカーブチーの精油を吸入させると、ストレスで引き起こされる自発的な運動量が減って落ち着くことがわかりました。さらに、ペントバルビタールという睡眠薬を投与したマウスにカーブチーの精油を吸入させると、揮発させた量に比例して催眠作用を強め、睡眠の導入がスムーズになって睡眠時間も延びたのです。実験の結果、カーブチーの精油にはイライラや興奮といった神経系の過活動を抑える鎮静効果があると判明しました。
カーブチーの精油に特に多く含まれているγ‐テルピネンの成分についても、同様にマウスで実験を行いました。その結果、マウスの自発的な運動量が減少し、睡眠時間は有意に延長、睡眠導入時間も有意に短縮しました。
アロマテラピーで使用するとストレスが軽快
カーブチーの精油による鎮静効果は、ジアゼピンという薬とほぼ同等であるといえるでしょう。ジアゼピンはベンゾジアゼピン系という種類の薬物で、鎮静薬や抗不安薬、睡眠薬として広く用いられています。しかし、使い方によっては記憶障害や脱力感、倦怠感といった副作用が起こることもあります。
カーブチーの精油をアロマテラピーに活用することで、ストレスの軽快や初期の不安障害、うつの抑制に有効と考えられます。精油を使って行うアロマテラピーの目的は、人間が本来持っている自然治癒力を高めることにより、病気を未然に防いだり治療効果を向上させたりして健康の維持・増進を図ることです。鎮静薬の代わりにカーブチーの精油を用いることは、安全で手軽な代替医療法として期待ができます。
現在、研究によって安定した有効成分を含むカーブチーの精油が市販されています。カーブチーの精油ならではの香気成分を生活に取り入れることで、リラックスして過ごせるようになるでしょう。
香りにはまだ科学的に確かめられていない効果が多くあります。身近にある果物や花の香りに、すぐれた香気成分が見つかるかもしれません。今後も、カーブチーをはじめ、日本各地に存在する香りを研究していきたいと思います。