プレゼント

認知症治療の名医が警告!COPDや脳梗塞は脳の酸素不足を招いて認知機能の低下を誘発

呼吸器科

くどうちあき脳神経外科クリニック院長 工藤 千秋

脳は全身の酸素量の25%を消費し脳梗塞やCOPDは脳内の酸素不足を招く

[くどう・ちあき]——1958年、長野県生まれ。英国バーミンガム大学、労働福祉事業団東京労災病院脳神経外科、鹿児島市立病院脳疾患救命救急センターを経て、1989年、東京労災病院脳神経外科副部長。2001年より現職。著書に『エビデンスに基づく認知症 補完療法へのアプローチ』(ぱーそん書房)、『脳神経外科医が教える病気にならない神経クリーニング』(サンマーク出版)など多数。

私が院長を務めるくどうちあき脳神経外科クリニックは、東京都大田区にあります。脳神経領域の専門医である私は、患者さんとの信頼関係を大切にしながら、体はもちろん心の健康状態を根本から取り戻す治療を心がけています。

世の中に難病とされる疾患は多くありますが、科学的な研究が進むにつれて新たな光明が見いだされるようになってきました。私の専門分野である脳関連の中では、2023年12月にアルツハイマー型認知症に対する新薬が承認され、話題となっています。

医師の間でも医療に対する考え方が少しずつ変わってきたと感じます。長年、患者さんを診る際には部位ごとに細分化された治療が行われてきましたが、最近では「病気は全身で起こる。治療も全身を俯瞰して診るべき」という視点が広がってきたように思います。

そのような視点から認知症を見た場合、多くの割合で発症の危険度が高まるのが脳梗塞です。

脳梗塞によって脳内の血管が詰まると、脳の神経細胞への血液が途絶えてしまいます。その結果、脳の神経細胞に酸素や栄養素が届かなくなって酸素不足になり、神経細胞のネットワークが乱れたり、やがては死滅してしまったりするのです。認知症の一つである脳血管性認知症は、すべての認知症の2割を占めるといわれ、脳梗塞の発症と関係が深いとされています。

脳は全身の臓器や器官の中でも特に酸素を必要としています。体内における全酸素量のうち、20~25%が脳で消費されるため、脳の酸素不足は脳の健康状態に大きな悪影響を及ぼします。

COPDの肺は肺胞の弾力がなくなって縮みにくくなる。また、気管支は壁が厚くなったり、粘膜が腫れたりして狭くなる

脳梗塞のほかに脳の酸素不足を引き起こすのが、肺疾患の一つであるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)です。COPDが怖いといわれるのは、呼吸器のみならず、全身の臓器や器官に併発する疾患が多いことが挙げられます。COPDは全身に炎症を引き起こすため、気管支や肺はもちろん、体のさまざまな部位で酸素不足を引き起こす要因になります。また、発症の原因である喫煙は炎症を引き起こすため、COPDが進行している人は肺のみならず、脳にも炎症が生じていると考えられます。

私の専門である脳の分野では、認知症がCOPDと関係することが研究によって明らかになりつつあります。認知症にはアルツハイマー型認知症や脳血管性認知症など複数の種類がありますが、共通しているのは脳の神経細胞の働きが悪くなり、記憶力や判断力などが低下して社会生活に支障をきたす状態であることです。

認知症の研究が進むにつれて、認知症の前段階とも呼べるMCI(軽度認知障害)にも注目が集まるようになりました。認知症と診断されるまでに脳機能の低下が進行すると改善は非常に困難ですが、MCIの段階で適切な治療を受ければ、進行の抑制や改善も比較的容易であると考えられています。

COPDは酸素不足と運動不足が重なりやすく脳への刺激が減って認知機能が徐々に低下

MCIとCOPDとの関連を調べた研究の中から、日本で行われた調査をご紹介しましょう。2020年に『日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌』に発表された長生堂渡辺医院リハビリテーション科が行った調査です。COPDの患者さん82名を対象に、MCIの有無を調べるスクリーニング検査を行いました。検査の結果、82名のうち54名がMCIと判明し、有病率は65.8%に上ったのです。

調査に参加した患者さんのうち、人工呼吸器が必要になるほど症状が進行し、低酸素症と診断された人が40%にも上りました。低酸素症が進行すると、認知機能が低下することが知られています。また、肺疾患の治療で用いられる酸素吸入療法は、脳血流に与える影響が乏しいという説もあります。COPDが進行すると酸素の摂取量が減少するため、脳に酸素が届かなくなって認知症を招く危険度が高まるのです。

また、COPDの発症に伴う認知機能の低下は、運動能力の低下とも関係していると考えられます。運動をはじめ、日常生活の動作は、脳にとって大きな刺激となります。COPDの患者さんは息切れや呼吸苦などによって、体を動かすことに大きな制限がかかります。その結果、脳への刺激が少なくなり、認知機能の低下を招くと考えられるのです。

さらに、認知機能の低下は自己管理能力の低下にもつながります。この調査では、認知機能の低下が少ないMCIの患者さんでも、COPDの治療に対する理解力や自己管理能力が低下していることが示唆されています。COPDが認知機能を低下させ、認知機能の低下がCOPDの治療を阻害してしまうという悪循環が起こるおそれもあるのです。

冒頭で触れたように、認知症は新薬が認可されて注目が集まっています。現在の段階での有効性は限定的とされていますが、不治の病とされた認知症に大きな光が差し込んだといえるでしょう。今後、医療の進歩とともに、認知症やCOPDの治療がさらに前進する可能性があります。諦めることなく、前向きに治療に取り組むことが大切です。