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「どっこいしょ」の発声は筋活動の調整に効果的で立ち上がり時の負担が軽減

整形外科

大分県立看護科学大学 専門看護学講座 成人看護学研究室 助教 佐藤 栄治

立ち上がり動作は複合的な動きで構成され動きが困難になるとQOLの低下を招く

[さとう・えいじ]——大分県生まれ。九州大学病院、大分大学医学部附属病院の勤務を経て、現職。大分県立看護科学大学大学院博士(前期)過程修了、同大学大学院博士(後期)過程在籍中。研究課題として、日本学術振興会 科学研究費助成事業「自発的かけ声と立ち上がり時の体幹前傾動作が体幹及び下肢筋活動に及ぼす影響」がある。看護理工学会、日本生理人類学会、日本看護科学学会に所属。

イスからの立ち上がりは、日常生活で多く繰り返される動作の一つです。無意識に行っている動作とはいえ、次の行動に移るための流れの一つとして、日常生活の中では欠かすことができません。容易に見える立ち上がり動作ですが、体の重心を前方に移動させてから地面を蹴る動きが必要になるなど、体の筋肉を複合的に使って行う動作といえます。

そのため、イスからの立ち上がり動作がうまくできずに転倒してしまう方は少なくありません。転倒してケガや骨折などをすると日常生活で動く機会が減ったり、健康に対する自信を喪失したりして、患者さんやご家族の生活の質(QOL)の低下を招いてしまうのです。

私は看護学の研究者として、イスからの立ち上がり動作において、効率的に行うアプローチの方法をテーマにして研究に取り組んでいます。研究を進める中で「自発的な掛け声をすることで、イスからの立ち上がり動作がらくになったり、効率的に筋力を活用できたりするのではないか」と考えました。

自発的な掛け声は筋力の発揮に寄与することが報告されています。自発的な掛け声にはさまざまな種類がありますが、私は多くの方が日常的に口にしている「どっこいしょ」という言葉に注目しました。「どっこいしょ」は、イスから立ち上がる時や重いものを持ち上げる時に発声する日本の典型的なオノマトペです。掛け声は必ずしも大きな声である必要はなく、日常会話をする程度の声量で十分な効果が期待できるとされています。

高齢者の立ち上がり動作には、体を前に倒して重心が十分に前に移ってからゆっくり体を起こすという特徴があります。座っている時はお尻にある重心を、体を前に倒して足の裏に移動させると立ち上がりやすくなります。そのため、「どっこいしょ」の掛け声によって前傾角度を大きくするサポートができれば、高齢者の立ち上がり動作の負担が軽減できると考えました。

私が行った実験の協力者は健康な男性(平均年齢25.2歳)20名で、体に疼痛とうつうが起こっていない人を対象にしています。協力者に「通常の立ち上がり動作」「体幹を可能な限り前方に傾けた立ち上がり動作」「体幹を可能な限り垂直にした立ち上がり動作」の三つの動作をする際に、「どっこいしょ」の掛け声ありと掛け声なしに分けて行いました。その結果、立ち上がり動作をする時に掛け声をすると体幹を前傾する動作が安定し、立ち上がり動作に関連する筋肉の活動量が調整され、主観的な負担が軽減することが判明したのです。

立ち上がり動作に大きく関連する筋肉は次の三つです。

 脊柱起立筋せきちゅうきりつきん

脊柱起立筋は背骨の両側にある筋肉で、背中で最も大きく長い筋肉です。直立するために背骨を支える大切な役割があり、(腸肋筋ちょうろくきん・最長筋・棘筋きょくきん)という三つの筋肉の総称です。

前傾角度が大きくなる動作では脊柱起立筋の働きが重要です。立ち上がりの際に掛け声を発すると、腹筋の中でも最も深い位置にある腹横筋の筋活動量が増加します。腹横筋は腹腔ふくくう内圧の上昇に関係し、腹部や腰部にコルセットをするように脊柱を安定させる役割があります。そのため、掛け声を発して腹横筋の筋活動を大きくすると脊柱が安定し、前方に傾けた立ち上がり動作の脊柱起立筋の筋活動量を減少させたと考えられます(グラフ参照)。

立ち上がり動作の時に掛け声を発すると腹腔内圧が高まり、体幹の前傾角度が大きくなる。その結果、大腿二頭筋の筋出力が増大し、大殿筋が低下するように調整されるため、主観的な負担減につながる
出典:『佐藤栄治.看護理工学会誌 10:100-110,2023.』
発声によって脊柱起立筋の筋活動は低下(上)。一方で、大腿二頭筋と大殿筋の筋活動は大きくなっている(下)
出典:『佐藤栄治.看護理工学会誌 10:100-110,2023.』

 大腿二頭筋だいたいにとうきん

ひざを曲げる時に使う強靭きょうじんな筋肉で、太ももの後ろ側にあります。骨盤の坐骨結節ざこつけっせつから始まり、関節・ひざ関節をまたいで下腿かたいの骨(腓骨ひこつ)に至り、長頭と短頭の二つに分かれています。大腿二頭筋は股関節を伸展させる役割があります。そのため、前方に傾けた立ち上がり動作の際は股関節が大きく屈曲し、筋活動量も大きくなると考えられます。

 大殿筋だいでんきん

お尻にある筋肉で、骨盤の後ろから太ももの外側に伸びています。大殿筋は股関節の伸展だけではなく、体の重心を上に押し上げて姿勢を直立に調整する役割があります。

これらのことから、立ち上がり動作の時に掛け声を発することで腹腔内圧が高まり、体幹の前傾角度が大きくなります。前傾角度が大きくなることで大腿二頭筋の筋出力が増え、大殿筋は低下するように調整されるため、主観的には負担を低減させると考えられます。

この研究では健康な若い成人男性に協力していただいたため、高齢者や変形性ひざ・股関節症の方に対して有意な形で負担を軽減できるとはいい切れません。そのため、今後は年代ごとの試験と分析を行うことで、より妥当性の高い研究につなげていきたいと思っています。

私が特に伝えたいのは、毎日の生活で筋力を最大限活用してほしいということです。筋肉は日常生活に欠かせず、使わないと筋力は衰えます。筋力が低下すると、洋式トイレでの立ち座りすら困難になり、自尊心にも影響を及ぼし、転倒の危険も高まります。筋力を生かす簡便な方法として、立ち上がる際に「どっこいしょ」と声を出すことが挙げられます。これにより負荷が減り、日常の動作がらくになるため、家事や運動にも前向きに取り組むことにもつながります。今日から日常生活に取り入れてみてはいかがでしょうか。

参考文献:『佐藤栄治.自発的かけ声「どっこいしょ」と立ち上がり動作の体幹前傾動作が体幹および下肢筋活動に及ぼす影響.看護理工学会誌 10:100-110,2023.』