プレゼント

DNAの傷を修復する新技術で「老化」は克服できる⁉

がん治療の進化を目撃せよ!

日本先進医療臨床研究会理事 小林 平大央

DNAの損傷を修復することでアトピー性皮膚炎のかゆみも止まる?

小林平大央
[こばやし・ひでお]——東京都八王子市出身。幼少期に膠原病を患い、闘病中に腎臓疾患や肺疾患など、さまざまな病態を併発。7回の長期入院と3度死にかけた闘病体験を持つ。現在は健常者とほぼ変わらない寛解状態を維持し、その長い闘病体験と多くの医師・治療家・研究者との交流から得た予防医療・先進医療・統合医療に関する知識と情報を日本中の医師と患者に提供する会を主催。一般社団法人日本先進医療臨床研究会理事(臨床研究事業)、一般社団法人不老細胞サイエンス協会理事(統合医療の普及推進)などの分野で活動中。

人類は「老化」を克服するかもしれないといったら驚くでしょうか。そんなことは無理だというかもしれません。しかし、地中海に生息する「ベニクラゲ」というクラゲの一種が若返りによって何度も再生し、不死であることが発見されたのです。ベニクラゲのように若返る生物がいる以上、おそらくほかにも若返る生物はいるのではないかと考えられています。

ところで、ベニクラゲが死なない理由や若返る理由ですが、おそらくほかの生物種との生存競争がなかったからだと考えられています。通常、生存競争が激しい生き物は死んで世代交代し、どんどん遺伝子変異を起こして進化するほうが種の保存に有利に働きます。一方、生存競争が激しくなければ、ベニクラゲ以外の生物でも死なない個体を維持することが可能なのではないかと考えられているのです。

すると、現在の人類はほぼほかの生物種との生存競争がありませんから、死なない個体を手に入れる選択肢も持ちえるのではないかといえます。ほかの生物種との競争にしのぎを削っていた太古の人類とは異なり、現代に至って、人類は「死なない」「老化しない」という個体維持の方法を選べる時代になったといっても過言ではないのです。

残念ながら、現在の科学技術では、いきなり不老不死を実現化するのはまだ難しいことです。ただし、「老化を止める」「老化に逆らって若返る」という生物学的変化は、近い将来、現実のものとなる可能性が見える段階にきたといえます。

さて、ここで登場するのが本日の主題である「DNA損傷を修復するRNA分子」という特許技術です。この技術がすごいのは、人間の設計図であるDNAの傷を修復することで、病気や老化の原因となる異常なたんぱく質を作ることや異常な働きをする生体調節因子の発現を止められる点です。

人間の体は約37兆個という膨大な数の細胞でできており、細胞の核の中にあるDNAに保存される設計図をもとにして作られています。DNAに保存された遺伝情報は「メッセンジャーRNA」という転写物に写されてたんぱく質を作ります。体のもとになるたんぱく質は、すべてDNAの遺伝情報をもとに作られるのです。さらに、DNAからメッセンジャーRNAよりも小さい「マイクロRNA」という分子が放出され、体の調節をしていることも分かってきました。マイクロRNAの働きで、人間は体調管理をしたり、老化したりしているのです。

ところで、DNAの情報に傷がついてしまって異常なメッセンジャーRNAから異常なたんぱく質が作られてしまったら、どうなるでしょう。また、体の調節を正常に行わない異常なマイクロRNAができてしまったらどうなるでしょう……。

実は、これが病気や老化の大きな原因の一つではないかといわれはじめているのです。そして、DNAに傷がつく事態は頻繁に起こっていることが分かってきました。紫外線や放射線、重度のストレス、農薬、化学物質などが体内に影響を与えることで人間のDNAは傷ついてしまうのです。

もちろん、人間の体にはDNAの傷を修復するしくみが備わっており、普通は簡単にDNAが損傷して異常なメッセンジャーRNAやマイクロRNAが放出されないようになっています。そのため、特に若い頃は、めったなことでは病気や老化には至りません。

ところが、長い間生きていると、通常のしくみでは処理しきれないほど多くの傷がDNAに蓄積し、修復が追いつかなくなってきます。この時、DNAについた傷を生体の自然な方法よりも強力な方法で修復できたら、病気や老化の原因となる傷ついたDNAから生まれる異常なRNAがなくなって病気や老化を防げるのではないか——そう期待されているのが、今回ご紹介する特許技術なのです。

例えば、アトピー性皮膚炎(以下、アトピーと略す)という病気があります。かゆみを伴う湿疹(しっしん)が慢性的に良くなったり悪くなったりを繰り返す病気です。現時点では、薬で皮膚の炎症を鎮め、肌のバリア機能の低下を防ぐ対症療法が限界です。

『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)―長生きせざるをえない時代の生命科学講義』吉森 保著(日経BP)

そこで、注目されているのがDNA損傷を修復する特許技術です。実は、アトピーのかゆみの原因として、DNAが損傷することで生じた異常なRNAによる免疫反応の調節異常で制御困難な炎症の連鎖が起こっていることが分かってきています。こうした制御不能な炎症を「慢性炎症」および「難治性炎症」と呼びますが、これらの炎症は「JAK-STAT経路」という炎症系のシグナル伝達の過剰な働きによって引き起こされていることが多いのが特徴です。そして、この過剰な炎症反応を抑えることができるのも、マイクロRNAの働きによることが分かってきたのです。

JAK-STAT経路は、炎症経路として働くだけではなく、細胞の増殖や分化、生存などの過程を制御する非常に重要な生体回路です。そのため、JAK-STAT経路の制御不全は、慢性炎症や難治性炎症に起因するさまざまな病気、例えば膠原病(こうげんびょう)やコロナ感染後の免疫異常などの原因にもなっています。そして、死亡原因のトップであるガンに対しても、悪性腫瘍(あくせいしゅよう)形成の初期の過程などでしばしば観察され、血管新生や腫瘍の生存延長、免疫抑制など、ガンの成長を助ける病態を引き起こすことも分かってきているのです。

アトピーであれば、現在の処方薬は対症療法でしかなく原因を取り除いていないため、何度も再発しては増悪を繰り返して暴走化していくという悪循環に陥ります。そこで、JAK-STAT経路の働きを阻害し、過剰な炎症を抑えてかゆみをなくすことで根治を目指す医薬品の開発が進められています。ただし、この医薬品では炎症の発生という生体にとって必要な反応自体を止めてしまうため、副作用として生体にとって都合の悪い症状が出る可能性があります。医薬品には、常にこうした問題が潜んでいるのです。

それに対して、DNAの損傷を修復する特許技術は、慢性炎症や難治性炎症の原因となる異常なRNAを生み出すもととなるDNAの損傷を修復する方法です。DNAの損傷が修復され、異常なRNAが限りなく正常な細胞と同様な状態に戻れば、慢性炎症や難治性炎症の原因自体がなくなってしまいます。そのため、JAK-STAT経路という生体防御に必要な働きを無理に止めるという事態を引き起こさずに問題が解決するのです。