日本先進医療臨床研究会理事 小林 平大央
メチオニン摂取量の制限でガンの増殖抑制、化学療法・放射線療法の効果増強が期待できる
今回のテーマは、過去にこちらの記事で紹介した「メチオニン制限」を取り入れた統合医療アプローチです。メチオニンは必須アミノ酸の一つで、主に動物性たんぱく質に多く含まれています。最新の研究によって、メチオニン摂取量を制限することで、ガンの増殖抑制や化学療法・放射線療法の効果増強が期待できることが明らかになってきたのです。
ガン細胞とメチオニンの関係が最初に報告されたのは1970年代初頭です。アメリカの生化学者であるダニエル・ホフマン博士らのグループが、ガン細胞が正常細胞よりもメチオニンを多く必要としていることを発見しました。
その後、1980年代に国立がんセンター名誉総長の杉村隆先生を含む日本の研究グループが「メチオニンアディクション(メチオニン依存性)」の概念を提唱し、がん細胞に特異的なメチオニン代謝異常を詳細に研究しました。メチオニンアディクションは、カリフォルニア大学サンディエゴ校教授のロバート・ホフマン博士(以下、ホフマン博士と略す)が特定のガン細胞が通常の細胞よりもメチオニン依存度が高い現象を発見したことで「ホフマン効果」と呼ばれています。
通常の細胞はメチオニンが不足した状況でも代謝を維持できるのに対し、ガン細胞はメチオニンの不足に弱く、成長や増殖が制限されるのです。このため、メチオニン依存性のガン細胞をターゲットにした治療法として、メチオニン制限食や、メチオニンを代謝・分解する酵素を使った治療法が研究されています。
なお、メチオニン依存性は、ガンの種類によって違いがあり、特に膵臓ガンではメチオニン制限の効果が顕著に現れやすいことが報告されています。一方、大腸ガンや乳ガンでも一定の効果が示唆されていますが、膵臓ガンほど顕著ではない可能性があります。このようにガンの種類ごとにメチオニン代謝経路の依存度が異なるため、治療効果に差が出る可能性があり、現在、欧米を中心にさまざまなガンの種類に対するメチオニン制限療法によるガン治療の試みが行われています。
ガン治療へのメチオニン制限食の導入は、副作用の少ない安全な治療法として期待されています。ただし、個々の患者の状態やほかの治療法との組み合わせを考慮しながら、慎重に適用を検討する必要があります。
なお、ホフマン博士によれば、進行したガン治療でメチオニンを制限するためには食事療法だけでは不十分です。そこで、ガンのメチオニン依存性を利用してメチオニン制限療法を強化する補助として、メチオニンの吸収を阻害する酵素素材が開発され、臨床研究が進められています。
ホフマン博士は、メチオニンを制限する酵素を経口で投与するメチオニン代謝酵素による療法を提唱しています。そして、メチオン代謝酵素を用いた阻害剤が症例研究で使用され、前立腺ガンや乳ガン患者の腫瘍マーカーが劇的に低下したと報告されています。
ところで、ホフマン博士によれば、ガン細胞がメチオニンを必要とする主な理由は、細胞内の「メチル化反応」にメチオニンが不可欠だからです。DNAやたんぱく質のメチル化反応は、ガン細胞の増殖や生存に重要な役割を果たしています。メチオニンが欠乏すると、ガン細胞はメチル化反応を正常に行うことができず、増殖が抑制されます。
こうしたメチオニンとガンの関係が明らかになったことで、これまで大きな成果を上げてきた古典的なガン治療法である「ゲルソン療法」や「断食療法」などがなぜ効くのかが理論的にはっきり解明されました。ゲルソン療法や断食療法は、ガン細胞のメチオニン依存性を利用してガンの細胞分裂や増殖を阻害していたのです。
このように、以前から効果的とされる食事療法の多くは、メチオニンの制限によってガン細胞のメチオニン供給を断つことで、増殖抑制効果や既存治療との相乗効果が期待できます。特に膵臓ガンなどのメチオニン依存性の高いガン種では顕著な効果が示唆されています。
なお、メチオニンの吸収を阻害する代謝酵素は、直近の食事で摂取したメチオニンを90%近くも吸収阻害するため、栄養不足になって体によくないのではないかとの疑問の声があります。これに対して、ホフマン博士は、成長期を過ぎた成人の場合、正常細胞が必要とするメチオニンの量はほぼ補えるので、大幅にメチオニンをカットしても問題ないとしています。
ただし、成長期や成長前の幼児は成長(細胞分裂)のために大量のメチオニンが必要です。そのため、20代以前の過度のメチオニン制限は望ましくありません。逆にいうと、成長のピークを過ぎた成人以降の大人の場合は、ガン患者に限らず、メチオニンの大量摂取は老化や老化性疾患を加速させる可能性が高く、望ましくないとのことです。
ホフマン博士が開発したメチオニン代謝酵素は、ガン治療におけるメチオニンの重要性を明らかにし、新たな検査機器や治療戦略の発展への道を開きました。メチオニンとガンとの関連研究から、ガンがメチオニンを多く必要とする原理を利用した「メチオニンPET」という画像診断技術の向上や、メチオニン制限を取り入れた統合医療アプローチの進歩によってガン患者の予後改善とQOL(生活の質)向上などが期待されています。
ところで、メチオニン制限の効果はガン治療だけにとどまりません。近年の研究によって、メチオニン制限が糖尿病や動脈硬化、腎疾患、透析患者の予後改善などにも役立つ可能性が示唆されています。
ただし、これらの効果はまだ十分に確立されたものではなく、さらなる臨床研究が必要とされています。特に、長期的なメチオニン制限の安全性や、各疾患における最適な制限レベルの設定など、解決すべき課題は残されています。メチオニン代謝を標的とした新たな治療法の開発によって、これらの疾患に対するより効果的な予防・治療戦略の確立が期待されています。
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