トレハロースと自己免疫性疾患について

生涯患者目線!下町の名医・Dr.藤田の最新医療コラム

皿沼クリニック院長 藤田亨

[ふじた・とおる]——1991年、慶應義塾大学医学部卒業後、同大学病院内科血液研究室へ入局。 市川総合病院、ソニー株式会社医務室勤務を経て、1998年、東京都足立区に皿沼クリニックを開院。2002年、医療法人社団永徳会を設立し、理事長に就任。〝町医者"の肩書に誇りを持ち、患者さんとの信頼関係を重視しながら、地域密着の医療に専念。無料メールマガジン『診療マル秘裏話」も好評。最新刊は『難病治療はなぜ成功しないのか』(幻冬舎)。

免疫機能の異常によってホルモンの一種のインスリンができず、高血糖になる「1型糖尿病」と呼ばれる病気があります。患者さんは子どもや若者を中心に、幅広い年代に及びます。2020年5月、理化学研究所などのグループが注目すべき成果を上げました。1型糖尿病には発症を抑える特定の免疫細胞が存在し、その活動のカギは腸内の寄生虫が分泌する「糖」であることを、マウスを使った実験で突き止めたのです。

1型糖尿病は、本来なら異物から体を守るべき免疫の仕組みが、誤って自分の細胞や組織を攻撃する「自己免疫疾患」の一種です。免疫機能が異常になると、インスリンを分泌する膵臓の「ベータ細胞」が、自分の免疫細胞に破壊されてしまいます。このため、食べ物から得られた血中のブドウ糖が細胞に取り込まれず、エネルギーに変わらないまま、血中のブドウ糖の濃度(血糖値)が上昇してしまうのです。

2018年に厚生労働省の研究班がまとめた資料によると、1型糖尿病の患者さんは全国で約10万~14万人いると推計されています。アメリカでは、2001~09年の8年間に、20歳未満の1型糖尿病の有病率は約21パーセントも増加したそうです。

1型糖尿病は、肥満などによってインスリンが出ても十分に効かずに高血糖が上昇する2型糖尿病とは、発症までの背景がまったく異なります。1型糖尿病は口の渇きや多尿、体重減少、意識障害などが主な症状で、生命の危険も生じます。完治は難しいとされ、患者さんは一生涯、インスリン注射を打ちつづけて血糖値の上昇を抑えなければなりません。では、原因となっている膵臓ベータ細胞の破壊を抑えるには、どうすればよいのでしょうか。

理化学研究所などのグループが行った動物実験では、マウスに膵臓ベータ細胞を破壊する薬剤を投与するとインスリンが作られず、1型糖尿病になりました。一方、腸管寄生虫の一種に感染させたマウスは、薬剤を与えても膵臓ベータ細胞が破壊されず、1型糖尿病を発症しませんでした。

寄生虫に感染したマウスを調べてみると、免疫を抑制する細胞の一種「CD8陽性制御性T細胞(CD8Tレグ)」が増加していました。ここからCD8Tレグを除去すると、1型糖尿病が発症しました。また、寄生虫に感染していないマウスにCD8Tレグを入れると、発症が抑えられました。寄生虫に感染したマウスの小腸を調べると、寄生虫は糖の「トレハロース」を分泌し、これをエサにして腸内細菌の一種が増加していました。野生の普通のマウスにこの細菌の仲間を与えるとCD8Tレグが増え、膵臓ベータ細胞を破壊する薬剤を与えても1型糖尿病にはなりませんでした。

この結果から、寄生虫が分泌するトレハロースをエサとする細菌の働きによってCD8Tレグが増え、膵臓ベータ細胞の破壊を食い止めて1型糖尿病の発症を抑制していることが分かりました。まさに、寄生虫と細菌の連携プレーといえるでしょう。一方、人間の11型糖尿病患者についても、CD8Tレグや、マウス実験で使った細菌の仲間が少ないことが明らかにされました。CD8Tレグは、ほかの自己免疫疾患に効果があることが別のグループの実験で分かっていましたが、増える仕組みは未解明でした。寄生虫は有害なイメージですが、私たちの体を守っている存在でもあるのです。

今後、理化学研究所を中心としたグループは、CD8Tレグが増える詳しい仕組みをはじめ、細菌がどのような物質を出しているかという研究を続けるでしょう。将来的に期待される臨床応用として、理化学研究所の大野博司チームリーダー(腸管免疫学)は、「細菌が出す物質や、細菌を構成する物質を突き止めて飲み薬にすることなどが考えられる。1型糖尿病の患者さんがこうした薬を定期的に服用することで、インスリン注射を打たなくてもすむようになる」と展望を話されています。近年は衛生環境がよくなり、寄生虫や細菌の感染症が減る一方で、1型糖尿病のような自己免疫疾患やアレルギーなどの現代病が増加しています。薬剤の普及で寄生虫感染が激減した地域では、その一方で自己免疫疾患の患者さんが増えたことが分かっています。このように、感染症が減ったために現代病が増加したとする考えを「衛生仮説」といいます。理化学研究所らの研究グループは、今回の研究成果によって、この仮説に関するメカニズムを初めて証明したといえるでしょう。

研究チームは、理化学研究所生命医科学研究センター、群馬大学大学院医学系研究科、東京工業大学、国立感染症研究所寄生動物部で構成されています。成果は、2020年4月22日付の英科学誌『ネイチャーコミュニケーションズ』に掲載されました。生涯、打ちつづけなければならないインスリン注射は患者さんにとって、肉体的にも、精神的にも、経済的にも大きな負担で、社会生活上の悩みの種にもなっています。この基礎研究はあくまでも途上の成果ゆえ、臨床応用までの道のりはまだ遠いと見るべきですが、今後の着実な積み重ねに期待したいと思います。

免疫の異常で発症する1型糖尿病は、中高年に多い生活習慣病が原因で起こる2型糖尿病とはまったく異なるものの、混同されている人が多いようです。腸管寄生虫の一種に感染させたマウスは、β細胞を破壊する薬剤を与えても1型糖尿病を発症しなかったからといって、腸管寄生虫を与えることには反対です。腸管寄生虫が出しているトレハロースがある種の腸内細菌を増やし、CD8Tレグを増やしているのなら、トレハロースを投与するべきだと考えます。「衛生仮説」は正しいかも知れませんが、寄生虫を無理やり感染させることは必要ないと考えています。

これは、世紀の大発見といっても過言ではないでしょう。実際に私のクリニックでは、自己免疫性疾患や重度のアレルギー疾患の患者さんにトレハロースの摂取をすすめています。トレハロース安価で手に入りやすい糖質です。しかも、エリスリトールやキシリトールのような糖アルコールと同様に、虫歯の生成を促進することはありません。甘味料としてのトレハロースは、砂糖の4割程度の甘さしかないので、甘味を感じるには多くとる必要があります。トレハロースは糖アルコールと異なり、吸収されて体内でブドウ糖に変換されます。そのため、1型・2型を問わず、糖尿病の人がトレハロースを大量摂取するのは控えるべきでしょう。CD8Tレグを増やす目的なら、トレハロースを大量にとらなくてもいいと私は考えています。1型糖尿病の人をはじめとする自己免疫性疾患やひどいアレルギー疾患に悩まされている方は、適量のトレハロースの摂取をおすすめします。

藤田亨先生が診療されている皿沼クリニックの連絡先は、〒123-0862 東京都足立区皿沼1-5-8 ☎03-5837-2162です。