プレゼント

第四のガン治療と期待される「免疫療法」をご存じですか?

がん治療の進化を目撃せよ!

日本先進医療臨床研究会代表 小林 平大央

免疫療法の先駆的存在「コーリーワクチン」とガンの特効薬と期待された「丸山ワクチン」

[こばやし・ひでお]——東京都八王子市出身。幼少期に膠原病を患い、闘病中に腎臓疾患や肺疾患など、さまざまな病態を併発。7回の長期入院と3度死にかけた闘病体験を持つ。現在は健常者とほぼ変わらない寛解状態を維持し、その長い闘病体験と多くの医師・治療家・研究者との交流から得た予防医療・先進医療・統合医療に関する知識と情報を日本中の医師と患者に提供する会を主催して活動中。一般社団法人日本先進医療臨床研究会代表理事(臨床研究事業)、一般社団法人ガン難病ゼロ協会代表理事(統合医療の普及推進)などの分野で活動中。

皆さんは「免疫療法」という治療法をご存じでしょうか? なんらかの方法で、人が本来持っている「免疫」という自分を守るしくみを誘導・増強して病気の治療に応用する治療法のことです。

京都大学名誉教授の(ほん)(じょ)(たすく)先生が免疫のしくみを解明してノーベル賞を受賞しました。免疫チェックポイント阻害剤が保険適用のガン治療薬として承認されたことで、免疫療法はとても有名になりました。そして、免疫療法は「第四のガン治療」として脚光を浴び、大きな期待を受けました。

実は免疫療法そのものの歴史はかなり古く、世界的な免疫療法の研究はすでにいまから120年も前の1880年代に始まっていました。免疫療法を世界で最初に行ったのは、アメリカの外科医で(あく)(せい)(しゅ)(よう)の研究家であったウィリアム・ブラッドレイ・コーリーだといわれています。コーリーは(にく)(しゅ)の患者が()(のう)レンサ(きゅう)(きん)(たん)(どく))に感染し、高熱を出した後に腫瘍が消えたことを知りました。そして、この症例に強い興味を持ち、過去に同様のガンの()()(れい)がないかを調べました。すると、ロベルト・コッホやルイ・パスツールといった医学界の大家が丹毒感染による腫瘍の縮小を記録していることを発見したのです。

この発見によってコーリーは(へん)(とう)(いん)(とう)に腫瘍がある患者に対して丹毒を意図的に感染させる実験的な治療を行い、患者の症状を著しく改善させました。この治療を受けた患者はその後8年半もの長期間にわたって存命したのです。

コーリーは、この成功によってガン治療に細菌が利用できると確信し、その後の研究で「コーリーワクチン」という免疫療法の治療素材を開発します。死んだ病原菌や弱毒化した病原菌などの混合物で作成したガンワクチンです。同時に、感染症状による発熱などがガンからの回復を助けるという免疫療法の重要な理論を打ち立てます。

こうして開発されたコーリーワクチンは、1893年1月に腹部に大きな腫瘍を持つ16歳の少年に初めて投与されました。コーリーは数日間隔でワクチンを腫瘍に直接注射しました。注射をするたびに体温が上昇して発熱と寒気が強まりましたが、病原菌の感染は起こらず、腫瘍も徐々に小さくなっていきました。4ヵ月間の治療で腫瘍は当初の5分の1にまで縮小し、その後の3ヵ月間で残る腫瘍の成長がほとんど見られなくなったのです。この少年はその後、ほかのガン治療を受けることなく26年後に心臓発作で亡くなるまで健康に過ごしたという記録が残っています。

『がん免疫療法の突破口』チャールズ・グレーバー氏(著)、中里京子氏(翻訳)、 河本宏先生(監修)(早川書房)

コーリーはこの結果を発表し、19世紀の終わりまでヨーロッパや北アメリカで多くのガン患者の治療に当たりました。また、42人の医師がコーリーワクチンの成功にならって治療を施し、その症例を報告しています。

その後、残念なことに、弱毒化したはずのワクチンで病原菌に感染して死亡する患者が出ました。また、コーリーの症例報告が記録不十分で不明点が多いことから「エビデンスとして不十分だ」と、当時急速に進歩し始めていた放射線治療に携わる医師たちから攻撃され、コーリーワクチンは「コーリーの毒」と非難されて医学界から徐々に姿を消していきました。

実は、コーリーワクチンを(ほう)彿(ふつ)とさせる免疫療法が日本にもあります。日本で最初に開発された免疫療法といわれる「(まる)(やま)ワクチン」です。

丸山ワクチンは1944年に誕生した治療薬ですが、もとは(けっ)(かく)の薬として開発されました。その後、ハンセン病患者に使用され、現在はガンの治験薬として応用されています。

丸山ワクチンを開発したのは、当時日本医科大学の()()科教授であった故・(まる)(やま)()(さと)博士です。丸山博士は培養した結核菌から有害な毒素を取り除くことに成功し、残った成分によってワクチンを作りました。このワクチンは皮膚結核で悩んできた患者たちに著効を示し、次いでその改良版は肺結核にも効果を現しました。その後、ハンセン病の治療にも用いられ、患者の発汗機能や()(かく)()()の回復などに効果を現します。

『今こそ丸山ワクチンを! 30数年の時を経て再びがん治療の最前線へ』井口民樹氏、丸山茂雄氏(共著)(ベストセラーズ)

ハンセン病患者の診療をする中で、丸山博士は患者が体内にライ菌または結核菌を保持している間、ガンの発生を抑えているという事実を発見します。丸山博士は、ライ菌と結核菌は同じ好酸性の(かん)(きん)であることから、結核菌抽出物質の丸山ワクチンはガン細胞の増殖を抑制できるのではないかと考えました。そして1969年、丸山ワクチンを悪性腫瘍に使用した場合に組織細胞の異常増殖を副作用なく抑制する作用があることから、ある程度有効かつ安全な抗腫瘍物質だと結論づける論文を発表しました。

この発表をきっかけに丸山ワクチンは「ガンの特効薬」といううわさが広まり、医薬品承認手続きよりも先に世間が騒ぎだしてしまいます。現在までに40万人ものガン患者に使用されつづけ、いまでも新規の受診者が絶えません。しかし、丸山ワクチンは、なぜか現在もガン治療薬として承認されていません。ただし、効果を全否定されたわけでもなく、現在でも担当医師がいれば有償治験という形で治療が受けられます。

免疫療法に共通するのは、直接ガンを攻撃するのではなく、体全体の治癒力を上げてガンに対処する点です。ガンはもともと自分の体の一部ですから、ガンを攻撃しない治療法は体のほかの部位にとっても優しく副作用などの点で安全性が高い点も同様です。

また、免疫療法は免疫力など全体にアプローチするので、ガンにも結核にもそのほかの病気にも同時に効果が期待できるという点も共通点です。その点では、免疫力を上げるサプリメントなども免疫療法と同じ分類に入るといえるでしょう。