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仲間たちと笑い、愛情で包み合ったマラソン前夜祭

杉浦貴之の「治す力は自分の中にある!」
『メッセンジャー』編集長兼シンガーソングランナー 杉浦 貴之さん

[すぎうら・たかゆき]——1971年、愛知県生まれ。28歳のときに腎臓がんを発症し、両親には余命半年、2年後の生存率0%と告げられ手術を受ける。以後、『メッセンジャー』編集長兼シンガーソングランナーとして精力的に活動中!

早くて余命半年といわれた腎臓がんから20年目を迎えた私は、がんになる前よりますます元気に活動させていただいています。手術から9年後の2008年、病床で描いた「ホノルルマラソンを走って翌日結婚式を挙げる」という夢をかなえた私は、その2年後の2010年から、がん患者さんやご家族、サポーターで参加する「がんサバイバーホノルルマラソンツアー」を主宰しています。

2010年、「第1回がんサバイバーホノルルマラソンツアー」を開催しました。このツアーに参加する皆さんに伝えていたことがあります。

「まず、ホノルルマラソンのスタートラインに笑顔で立っている自分を想像してください。ゴールではなく、スタートラインまで体を運んできた自分を褒めてあげてください。そして、空、海、大地、自然を思いっきり味わい、一瞬一瞬、大地に自分の命を刻んでください。ほんとうに苦しいとき、自分の中の自分の知らない力が、仲間の力が、背中を押してくれるはずです。ゴールではきっと、自分の中の大きな可能性に気づいて、いままで出会ったことのない自分に出会うことを楽しみにしていてください」と。

2010年12月、ついに、がんサバイバーさん、ご家族、サポーターを含めた総勢約8人の仲間たちが、ホノルルの舞台に立ちました。

 

12月11日、ホノルルマラソン本番を翌日に控え、前夜祭「明日へ向かって」が開かれました。サプライズゲストとして、夫婦漫才で有名な宮川大助・花子の大助さんが来て、乾杯の音頭を取ってくれました。映画『天国はつくるもの Part2・5』の監督、撮影隊として同行したてんつくマンが、飛行機の中で大助さんに会い、ホノルルでも連絡を取り合ってくれて実現したのです。機関銃のようにしゃべりまくった大助さんの話はとにかくおもしろく、会場でウケまくっていました。さすがプロです。そして、ただ笑わせるだけではなく、最後はこんな言葉で前夜祭を締めてくれました。

「あなたたちの目標『全員完笑、完全完笑』ちゅうのは、わしもずっとみんなにいうてきた言葉なんや。そやからびっくりしたわ。わしも頭の病気(2007年に脳出血を発症)して分かったんやけど、笑いがほんまに大事やぞ。笑いや。笑いまくりや。そやけど、いちばん大事なんは、いちばん効くんは、家族の笑いやで。家族の笑顔がいちばんやで!」

私の司会で前夜祭は進んでいきます。がんサバイバーさんがホノルルマラソンにかける思いを、涙ながらに語りました。

「あの苦しいときも諦めなくてほんとうによかった」

「この日をずっとずっと待ちわびていました。もうすぐ夢がかなうんですね!」

「いまこうして生きていることがうれしくてしかたないです」

「夫の愛のおかげでここまで元気になりました!がんが〝愛〟に弱いというのはほんとうでした」

支えてくれる夫へ、妻へ、家族への感謝の思いを伝える姿に、会場にいるみんなが涙、涙となりました。

がんサバイバーさんの思いを共有した会場は、優しい〝愛〟に包まれていました。そんな中、私は伝えました。

「この中に、いまもがんと向き合っている仲間がいます。彼らのがんが治るように、参加者全員で愛を送り合いましょう! ここに来られなくて、日本から、世界各地から応援してくれている仲間にも、同じようにがんと向き合っている方がいます。彼らのところにも届くように、一歩一歩走りながら愛を届けましょうね! みんな一つです。みんなで、みんなのがんを精一杯の愛で抱き締めてやりましょう!『もう必要がないからね。いままでありがとう!』と」

「まず、校長室まで来てくれた行動力がすばらしいです。がんを治す第1歩を踏み出されたのだと思います。ホノルルマラソンまでまだ時間はありますので、ゆっくり考えてみてください。心がほんとうに行きたいと感じたら、GOですよ」

杉浦貴之 | 「命はやわじゃない」、がん・余命半年から19年を経過し、ますます元気になった男が伝えるメッセージ
杉浦貴之「がん余命半年から16年目を迎えて」 マガジンと歌とRUNで伝える「命のメッセンジャー」
この記事は「健康365」2019年1月号に掲載されています。