日本古来の和薬と中国から伝わった漢薬を合わせた「和漢薬」に注目が集まっています。西洋医学では難病とされる認知症にも、有効性が証明されつつある和漢薬の研究から発見された、ヤマイモの持つ優れた認知機能改善効果をご紹介しましょう。
ヤマイモの成分であるジオスゲニンが脳の神経回路を修復すると細胞実験で実証
「和漢薬」とは、日本古来の和薬と中国から伝わってきた漢薬を合わせた呼び名です。現在、さまざまな研究機関で、和漢薬の科学的な研究が行われています。西洋医学に基づいた医薬品では治癒が望めない病気でも、和漢薬が有効性を発揮する例は珍しくありません。
私たちの研究室は、認知症を予防・改善する手がかりとして、生薬の成分に注目しながら研究を続けています。私たちは、認知症を改善させることができない根本的な問題は、断裂してしまった脳神経回路をつなぎ合わせることが極めて難しい点にあると考えています。
和漢薬の一つである朝鮮ニンジンや黄耆(マメ科の植物)といった薬用植物の研究を行う中で、ステロイドサポゲニン(ホルモンの一種であるステロイドと同じ構造を持つ植物成分)や、構造が近いステロイドサポニンという物質が脳神経回路の修復に働きかけることが分かっていました。私は研究を進める中で、ヤマイモの成分であるジオスゲニンも、ステロイドサポゲニンと同じような構造であることに気づきました。
ジオスゲニンに神経回路を修復する働きがあるかどうかを調べるために、私たちは細胞を使った実験を行いました。すると、ヤマイモのジオスゲニンには萎縮した神経線維を再び伸ばし、神経回路をつなぎ直す作用があることが確認できたのです。
さらに、私たちが認知症に近い状態のマウスを使って動物実験を行ったところ、記憶障害が改善できることが分かりました。論文では体重1㌔㌘に対して約4㍉㌘のジオスゲニンを投与した結果を示しましたが、その後の実験では体重1㌔㌘に対して先の実験の100分の1の量である0.04㍉㌘でも効果があることが判明しました。ジオスゲニンは、少ない量でも十分に効果があるといえます。
ヤマイモの認知機能向上作用は人間を対象にした試験でも実証され油ととると効果的
私たちはジオスゲニンを豊富に含むヤマイモエキスのカプセルを作成し、安全性を十分に確認した後に、地元である富山県の人たちの協力を得て試験を行いました。
試験は健常者を対象に行いました。問診後に参加者を無作為の2つのグループに分け、一方はヤマイモエキスのカプセルを、もう一方にはプラセボ(偽のエキスが入ったカプセル)を12週間とってもらいました。
その後、6週間の間隔を空け、とるカプセルを交換して摂取してもらいました。最終的には20歳から81歳まで、計28人のデータを集めることができました。
私たちの研究チームには、「アーバンス(RBANS)」という国際的な認知テストの日本語版を作成した、金沢大学国際基幹教育院の松井三枝教授がいらっしゃいます。アーバンスは即時記憶、図形・立体を把握する能力、言語能力、集中(注意)力、遅延記憶の五つの高次脳機能を評価できるテストです。試験の参加者にはアーバンスによる認知テストを受けてもらいました。
半年以上にわたって認知テストを行い、結果を分析しました。すると、プラセボ摂取では平均2.1点だったのに対し、ヤマイモエキスでは平均5.4点と、ヤマイモエキスを摂取した場合に認知機能が向上することが分かりました。
ジオスゲニンは、副作用がない点も魅力の一つです。私たちは、ジオスゲニンが他の疾病にも有効と考え、研究を積み重ねています。脊髄損傷で足がマヒしたマウスにジオスゲニンを投与したところ、歩けるようになったという実験結果も出ています。
ジオスゲニンを含むヤマイモを積極的に食事に取り入れることは、認知症の改善や予防に役立ちます。私たちの実験では、ジオスゲニンは油といっしょにとると脳に届きやすくなることが分かっています。ヤマイモは天ぷらやいため物など、油を用いた調理法でとるのがおすすめです。
ただ、ヤマイモに含まれているジオスゲニンは少量なので、10㌔㌘を食べても効果が現れるかどうかは分かりません。1回の食事で大量にとるのではなく、毎日の食事で積極的にとるようにしましょう。サプリメントを利用するのも、効率的なのでおすすめです。
ヤマイモに含まれるジオスゲニンは、認知症の問題を解決する可能性がある注目の成分です。今後も試験を重ねていきますので、期待していてください。