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高品質の健康機能性植物の栽培・供給に取り組む

ニッポンを元気に!情熱人列伝

一般社団法人日本薬用機能性植物推進機構代表理事 渡辺 均さん

現在、草木に関する知識がほとんどない世代が増えています。さらに、野菜や薬用植物の栽培・供給という側面でもその伝統やしくみが失われつつあるのです。

こうした問題を解決するために立ち上げられた一般社団法人日本薬用機能性植物推進機構の活動についてお話を伺いました。

伝統野菜・薬用植物の文化が安価品の流通で危機にひんしています

[わたなべ・ひとし]——1966年、北海道室蘭市生まれ。農学博士。千葉大学園芸学部卒業後、北海道大学大学院農学研究科修士課程修了。サントリー株式会社(現・サントリーホールディングス株式会社)勤務、千葉大学園芸学部助手、同大学環境健康フィールド科学センター准教授を経て、2019年、同教授。一般社団法人日本薬用機能性植物推進機構設立に携わり、代表理事に就任。

千葉大学環境健康フィールド科学センターの約17ヘクタールもの広さを誇る農場の一角には、約500種類の薬用植物が植えられています。管理しているのは、一般社団法人日本薬用機能性植物推進機構(JFPPA)の代表理事であり、千葉大学環境健康フィールド科学センター教授の渡辺均(わたなべひとし)先生です。

「ここでは草花だけでなく、樹木や水草など、さまざまな植物が育てられているんです。おもしろいもので、同じ種類の植物でも、育て方や土壌によって含まれている機能性成分の量や質が異なります。千葉大学環境健康フィールド科学センターでは植物の育成環境などを研究していて、一般の方でも園内を散策できるようになっています」

2018年3月に設立したJFPPAは、日本における薬用植物・機能性植物の国内栽培における栽培から供給までのシステム構築を行い、健康社会の実現を目指す組織です。健康機能性植物とは、人々の健康や生活になんらかのプラスの影響を与えるすべての植物を指し、生薬・漢方薬の原料になるような植物はもちろん、一般の食卓に並ぶような野菜も含まれます。渡辺先生がJFPPAの設立に携わった理由の一つに、日本における地域独自の食文化や健康文化が失われつつあることがありました。

「かつて、山菜や野草は私たちの食にとても身近な存在でした。ところが、流通が整備されてスーパーマーケットに野菜が並ぶようになり、地域に根づいた独自の食文化がなくなりつつあります。古くから脈々と受け継がれてきた野菜などの食文化が、近年になって急速に失われつつあるのです」

例えば、愛媛県には独特な苦みが強くて生食ではとても食べられない品種のキュウリがあり、古くから汁物や漬物にして食されてきました。ところが現在、栽培されている方は80代の女性1人のみで、彼女が引退するとそのキュウリもなくなってしまうのです。全国の供給量が増えても、低栄養価の同じ食材が流通することで、栄養が豊富で地域に密着した種類が逆に淘汰されてしまうのです。

「食生活だけでなく、薬草の文化も消失の危機にあります。地域に住む80代以上の方々に話を伺うと、『のどの痛みやセキにはこの山菜がいい』『皮膚のかゆみにはこの薬草が効く』と、地域独自の薬草の使い方を教えてくれます。納屋や物置には薬草が焼酎漬けになっていたり、干して保存されていたりします。お年寄りは説明してくれながら『こんな粗末なもの恥ずかしい』とおっしゃるのですが、その知識や知恵が地域の健康を守ってきたのです。ところが、山菜や野草の知識を受け継ぐ人が減り、その文化が継承されなくなっています」

薬草の文化が消失の危機にひんしているのは、生産・流通という規模になっても変わりません。実際に、1970年代には全国で4000軒もあったオタネニンジンの生産者が、現在では100軒にも満たないといわれています。生産者が減少している理由には、安価な薬価や輸入品の増加などが挙げられます。薬価とは、国の医療保険制度から病院や保険薬局に支払われるときの薬の価格のこと。厚生労働省が決めており、国民の負担が少なくなるように安価になる傾向があります。

「薬の価格が安くなることは患者さんからすれば助かるかもしれませんが、生産農家さんからすれば死活問題です。薬になるほどの植物の育成は手間も時間もかかるため、生産コストに見合う価格で売れなければ費用は賄えません。生産者の減少は、当然の結果といえます」

現在の日本では、漢方薬に使われる素材の約8割を中国からの輸入に頼っている状態です。低品質な素材の流通は、農業関係者だけでなく医師や薬剤師の悩みの種となっています。

「漢方治療における処方の基本は、一人ひとりの体に合わせたオーダーメイドです。品質の低いものでは想定した効果が発揮されず、医療関係者の悩みの種となっていました。安全・安心かつ高い機能性を有する植物の安定供給が求められ、農学・医学・薬学の垣根を越えたJFPPAの設立につながったのです」

JFPPAの事務局になっている千葉大学環境健康フィールド科学センター

JFPPAの活動の中でも代表的なものが、生産者の栽培から供給までの支援です。千葉大学で研究・開発された「高度化セル成型苗生産利用システム」が苗を育てる期間の短縮を可能にしています。

「血液循環を改善する漢方薬として有名なトウキという植物は、種まきから収穫まで2年かかっていました。しかし、私たちが研究を重ねた結果、育成期間を1年にまで減らすことができました。育成期間の短縮は、そのまま生産コストの削減と収入の増加につながります」

家庭菜園は体や頭を使うため認知症の予防におすすめです

渡辺先生は、JFPPAの活動によって世代間の園芸格差が改善することを目指している

生産コストの削減のほかにも、JFPPAは耕作放棄地や遊休農地の解消に悩んでいる農業従事者の方に最適な薬用植物を提案し、成果を上げています。さらに、JFPPAは栽培だけでなく、供給の支援も行っています。

「先ほど話題に出たトウキですが、漢方薬の素材として使われているのは根の部分だけです。葉の部分はいままで破棄されていたのですが、食材として製品化することで一回の生産における利益を高めました。さらに、保存がきかないことが難点だったキクイモをフリーズドライにして販売するなど、新しい販路を少しでも広げられるように試行錯誤を重ねています」

JFPPAは、生産者の支援を行うことで医療機関に良質な素材を届け、地域全体の健康を維持・増進することを目指しています。現在、地域全体の健康の維持・増進を目指すという、より広い観点から、『植物』を中心に据えた活動が増えてきています。

ある地域では、独自の野菜・果樹の栽培や収穫を地域活性化の一環として観光事業に取り入れたところがあります。ほかにも、定年退職した方の再雇用先として、高齢者の健康の維持・増進に役立っている地域があるそうです。

「千葉大学環境健康フィールド科学センターの農場や薬用植物園は、植物を中心にした地域活性化の縮図なのかもしれません。センター内には漢方の診療所や鍼灸院(しんきゅういん)があり、そこで使われる生薬の一部はJFPPA会員である生産者のものが使用されています。診療所の待合室から眺める薬用植物園の景色は、患者さんにはリラックス効果を与え、外から散策に来られる方には憩いの場にもなり、高齢者や障害者の方には整備を手伝ってもらうことで社会参加の一助になっています。植物を中心として、周囲の方の心身両面の健康の維持・増進に役立つしくみづくりを、日本全国でできればと思っています」

健康を維持・増進するためには、旬の野菜を食べることがおすすめだという渡辺先生。家庭菜園での野菜作りも推奨しており、体を使うだけでなく、頭も使う必要があるために認知症予防として最適だと考えているそうです。さらに、家庭菜園で作る野菜は、頭を使ってていねいに育てるほど栄養価も高くなるといいます。

「家庭菜園を趣味とされている方からの相談に『スーパーマーケットに並んでいる野菜のようなきれいな形にならない』というものが少なくありません。でも、よくよく話を聞くと、味はおいしいとおっしゃるのです。濃厚な味は栄養が豊富な証拠です。形や甘味だけではなく、味や栄養価を重視するほうがよいのではないでしょうか」

現在、植物に関する知識が次世代に伝わらないという「園芸格差」が広がっています。最近では、タンポポが分からない子どもも見られるようになったと渡辺先生は話します。

「食用・薬用植物にかかわらず、植物に触れる機会が減っているのだと思います。園芸の専門家としてはとても残念な状況ですが、日々の暮らしの中で植物との距離ができてしまったと考えています。共働きの世帯が増えた現代では、植物に代表される地域に根づいた〝生きる知恵〟を子どもたちに教えるしくみを作る必要があるのではないかと思います。JFPPAの活動が、少しでも植物と接触する機会を増やすことにつながれば幸いです」