プレゼント

伝統産業を後世に残すために商品を作りつづけます

ニッポンを元気に!情熱人列伝
株式会社能作 代表取締役社長 能作 克治さん

周りから「旅の人(旅行客)」と揶揄されながらも、めげることなく一人前の鋳造職人になった能作克治さん。現在は鋳物メーカーの経営に携わり、真鍮や錫を使ったオリジナル商品を開発しています。富山県高岡市の伝統産業である鋳造を後世に残していきたいと願う能作さんにその熱い思いを伺いました。

四百年以上も続く富山の伝統産業「鋳造」

[のうさく・かつじ]——1958年、福井県生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科を卒業後、新聞社勤務をへて、1984年に義父が経営する能作に入社。2003年より現職。東京都内を中心に直営ショップを展開しているほか、アジアや欧米など海外にも積極的に進出。2013年「第5回ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞」受賞。

かつて加賀藩の城下町として栄えた富山県高岡市では、江戸時代から鋳物の鋳造が盛んでした。1916年に創業した能作もまた、仏具や茶道具などの鋳造を手がけている企業です。

代表取締役社長の能作克治さん(以下、能作社長)は福井県の生まれで、大学卒業後は大阪で新聞記者として働いていました。そのときに出会った奥さんが能作の一人娘だったことから、婿入りする形で鋳物の世界に飛び込むことになったのです。1984年、能作社長が27歳のときのことでした。

もちろん、鋳造は未経験。まずは一職人として現場で修業を積むことになりました。そんなある日、高岡市内に住む女性から「工場を見学させてほしい」という電話が入ります。快く受け入れたところ、その女性が泥まみれになって働く職人を指しながら、いっしょに連れてきた小学生の息子にこういったのです。

「ちゃんと勉強しないと、ああいう仕事に就かなきゃいけなくなるのよ」

能作社長は、この言葉に思わず〝ハッ〟とさせられました。鋳造は富山県民にとって誇るべき伝統産業であるはず。ところが、住民が持つイメージはまったく異なっていたのです。

そこで、能作社長は考えました。「鋳造がどれほど高い技術を持つ分野であるのか、もっと世間に知ってもらう必要がある」と。このままでは職人のなり手がいなくなり、400年以上も脈々と続いてきた鋳造産業が廃れてしまうかもしれません。そうさせないためにも、職人の技を公開し、能作が有する優れた技術を理解してもらう必要があると考えたのです。

錫の特性に着目し医療製品の分野に進出

職人の現場を見学してもらうことで、伝統産業の魅力を後世に伝えている

2003年、能作社長は職人として18年ほど修業を積んだ後、能作の4代目社長に就任しました。当時の能作は、社員が十人ほどの小所帯。職人の月給は、手取りで13万円程度というのが業界の相場で、十分に食べていける金額ではありませんでした。能作社長は「鋳造の伝統産業を守っていくには待遇を改善しなければならない」と強く感じていました。

しかし、社員の給料を増やすには、業績を上げる必要があります。そこで能作社長は、従来の販路に頼った製品を作るだけでなく、鋳造技術を生かしたオリジナル製品の開発に着手します。

当初は思うような結果を出せず、試行錯誤の日々が続きました。しかし、転機が訪れます。東京都内の展示会で、自社で開発した真鍮製のベルが高い評価を受けたのです。

真鍮製のベルは、東京の人気セレクトショップで取り扱われることになりました。ところが、店頭に目立つように並べても、まったく売れません。どうしたものかと頭を悩ませていた能作社長は、ショップの販売スタッフからの提案で、真鍮製のベルに短冊をつけて、風鈴として売り出すことにしました。すると、これが大ヒット。1ヵ月に1000個以上も売れる人気商品に劇的な変貌を遂げたのです。

能作社長が、販売の現場など、周囲の人の意見をとりわけ重視するようになったのは、この出来事がきっかけです。真鍮だけでなく錫を使うようになったのも、「金属製の食器を求めるお客様は多いですよ」という現場の声が発端でした。能作で主に取り扱っていた真鍮は、当時の食品衛生法の関係で食器での使用が難しい状況だったため、食器としても安心して使うことのできる錫に注目したのです。

錫は古くから茶器や酒器に用いられてきた素材で、金や銀に次ぐ高価な金属です。最大の特徴は「柔らかい」こと。純度100%の錫製品は、人の手で簡単に曲げることができますが、製品の素材として用いるのは長らく敬遠されてきました。しかし、能作社長はあえて「曲がる」特性を生かして錫100%の曲がる器を開発しました。

ある日、錫製のビアカップを愛用している脳外科医が能作社長にこういったそうです。

「錫はおもしろいよね。曲がることもさることながら、曲げたまま戻らないのがいい。錫製の脳ベラという手術の補助器具があれば、手術のさいに手元で自由に曲げて使えるから、僕らの仕事にはすごく便利だよ」

そこで、能作社長が詳しく調べてみたところ、錫には抗菌効果があることが判明し、医療製品にうってつけであることが分かりました。さらに、他の金属と錫を混ぜ合わせれば、硬度も自由に調節できます。「医療や介護に使うさまざまな製品に対応できるはず!」――能作社長のこのひらめきが鋳物の新たな可能性を医療の分野に見いだすきっかけとなったのです。

整形外科医の提案から生まれた錫製リング

高岡市が誇る高度な鋳造技術を駆使した錫製のオリジナル商品を開発

ちょうど同じ頃、能作社長は、ある整形外科医から、能作で売り出していた錫製の箸置きを曲げて、簡易的なギプスとして使ってみてはどうかと提案してもらいました。思いもよらない使い方に最初は驚きましたが、その整形外科医から「これ、ヘバーデン結節の患者さんにもすごくいいと思うよ」といわれたことが、後の〝錫製リング〟の着想につながります。

ヘバーデン結節は指の変形性関節症で、指の第一関節が腫れたり曲がったりしてしまう、女性に多い原因不明の病気です。痛みを伴うことも多く、これまでは布やテープで固定するのが一般的な対処法でしたが、炊事のじゃまになったり、不衛生であったりする点が問題視されていました。

もし、ヘバーデン結節の指を錫で固定することができれば、水にぬれるのも気になりませんし、抗菌効果があるので衛生的です。能作社長は、すぐにみずから錫製リングのデザインを考案。完成した錫製リングは、錫に微量の銀を混ぜて硬度を整えたもので、腫れ方や曲がり方がそれぞれ異なるヘバーデン結節の症状に合わせて固定することができます。

その後、病院と共同で行った臨床試験では、へバーデン結節の患者さん30人を対象に錫製リングを装着して日常生活を送ってもらいました。その結果、手の痛みや手指の機能が有意に改善。装着のしやすさや衛生面での満足度も10段階中7.5以上(0が不満、10が満足)で、「従来の装具では決して得ることのできないすばらしい結果だ」と、臨床試験を行った医師から高い評価を得ることができたのです。

2018年1月、錫製リングの販売が始まると、その日のうちに全国から問い合わせが殺到しました。能作社長は、富山の伝統産業が人々の悩みの解決に貢献できることを非常に喜ばしく感じているそうです。

能作で働いている職人の中には、子どもの頃に能作の工場見学をしたことがきっかけで、鋳造の道を志した人材もいるそうです。「医療の分野での活用も含め、高岡市が誇る伝統産業の鋳造で、一人でも多くの人を幸せにできるように今後もがんばっていきたい」と、能作社長は力強く語ってくれました。