プレゼント

「直接体験」が日々の生活を豊かにしてくれます

私の元気の秘訣

サイエンスプロデューサー 米村 でんじろうさん

空気砲やペーパーブーメランなど、わくわくする科学実験でおなじみの米村でんじろう先生。40歳を前に都立高校の物理の教員を辞め、サイエンスプロデューサーに転身後の活躍ぶりは、もはや説明するまでもないでしょう。60代も半ばを過ぎたいま、でんじろう先生は日々の活力をどのように維持しているのか——その元気の秘訣に迫ります。

科学は身近なもので感情を刺激し好奇心を突き動かしてくれます

[よねむら・でんじろう]——1955年、千葉県出身。東京学芸大学大学院理科教育専攻科修了。自由学園講師、都立高校教諭を勤めた後、広く科学の楽しさを伝える仕事を目指して1996年に転身。NHK『やってみようなんでも実験』『オレは日本のガリレオだ⁉』に出演して大反響を呼び、1998年、米村でんじろうサイエンスプロダクションを設立。現在、サイエンスプロデューサーとして科学実験などの企画・開発、全国各地でのサイエンスショー・実験教室・研修会などの企画・監修・出演に携わる。各種テレビ番組・雑誌の企画・監修・出演をはじめ、さまざまな分野・媒体で幅広く活躍し、科学を通じて直接体験の大切さを伝えている。

人が心の元気を保つためには、常に好奇心を持つことが大切だと私は思っています。好奇心を持てばおのずと視野が広がり、感情が刺激されるからです。そして、そうした好奇心を突き動かしてくれるのが、科学なのです。

科学というと、反射的に苦手意識を持ってしまう人も多いかもしれません。子どもの頃、理科が不得意だった人であればなおさらでしょう。

でも、科学はすべての皆さんにとって縁遠いものではありません。いつも何気なく目にしている風景や、あたりまえのように体験していることの中にも、実は科学のロジックがちゃんと存在しています。

例えば、なぜ冬は寒いのか?大人であればいまさら疑問に思うことすらないであろうテーマですが、果たして、その理由を説明できる人がいったいどれだけいるでしょう。

答えは簡単。冬は地球(北半球)が太陽に照らされる時間が短くなるため、地球が夏ほど温まらないからです。

一般的に、平均気温が最も低いのは2月です。しかし、1年を通じて最も日が短くなる「(とう)()」の日は12月。これは地球が冷めるまでに2月までかかってしまうという、ただそれだけの理由です。大きなお()()はお湯が冷めるのに時間がかかるのと同じ理屈ですね。

()()」も同様。最も日が長くなるのは6月ですが、平均気温が最も高くなるのは地球が温まる8月です。つまり、科学というのは決して小難しいものではなく、視点1つで身近でシンプルな理屈に置き換えることができるのです。

あるいは、買い物の途中や散歩がてら、家の近所に自生している植物に目を向けてみてください。道端の雑草ひとつをとっても、そこにはさまざまな発見があるはずです。

春先にはきっと、オオイヌノフグリが咲いているのを容易に見つけられるでしょう。そして、毎日観察を続けていると、そのうちオオイヌノフグリが姿を消して、次にハルジオンが咲いていることに気づくはずです。さらに時間が少し進むと、今度はヒメジョオンが咲いているかもしれません。

つまり、植物というのは季節や場所ごとにちゃんと住み分けをしているのです。誰に教えられたわけでもないのに、これは不思議ですよね。

「身近な風景や体験の中にもしっかり科学があるんです」

せっかく四季のある日本で暮らしていながら、多くの人は日々の忙しさにかまけて、そうした自然の摂理に意識を向ける機会がほとんどありません。でも、こうして視点を少し変えてみるだけで、いつもと異なる発見がいくつもあり、そしてそこには必ず理由があるのです。

日本は科学技術立国といわれながら、かれこれ20年、30年前くらいから、〝若者の科学離れ〟が懸念されているようになりました。最近ではその言葉すらも風化してしまったように感じますから、事態はますます深刻です。ただでさえ資源の少ない国であるのに、このままでは日本で科学者が育たなくなってしまうでしょう。

だからこそ私は、実験という誰の目にも分かりやすい手法を使って、科学をまず身近に感じてもらい、そして興味を持ってもらえるよう取り組んできたのです。

フリーになったものの自分が人前に出るのは想定外のことでした

昔ながらの火起こしを実践し、直接体験する大切さを伝える米村でんじろうさん

いまでこそ、サイエンスプロデューサーとしてテレビや雑誌、イベントなどに呼んでもらう機会の多い私ですが、もともとは東京都立高校の一教員でした。ただ、11年やってみたものの、学校の先生という仕事はつくづく私には向いていなかったと痛感しています。

子どもたちに理科を教えるというのは、疑いなくすばらしい仕事です。しかしその一方で、教員たちは非常にストレスフルな毎日を送っているのも事実です。

それというのも、学校というのは世間の誰もが通ったことがある場であるため、先生も保護者もそれぞれの立場から物をいいやすいことに一因があります。現場の事情をよそに、思い思いの要望を口にするものだから、担当教員は常に大きなプレッシャーにさいなまれているのです。

私自身、最初に勤めた学校では8年間お世話になりましたが、やがて日々のストレスに耐えられなくなり、転勤願いを提出しました。環境を変えれば少しは居心地がよくなるのではないかと考えたためです。

ところが、次の学校でもやっぱり状況は変わりませんでした。私は結局、その3年後に教員の仕事を辞める決意をします。

しかし、教員という職業に適性はなくても、理科が好きであることに変わりはありません。そこで退職が決まってからは、つきあいがあった学習誌のお手伝いをしたり、科学館の展示の監修をしたり、声をかけられるまま理科に関わるいろいろな仕事を手がけるようになりました。

単に「もうイヤだ」「辞めたい」とぼやいているうちは、周囲も単なる()()としてしか受け止めてくれませんが、正式に退職届を出したことで、私の本気度が伝わったということなのでしょう。「それなら手伝ってくれないか」と、思いがけないところからいくつもオファーが舞い込みはじめたのです。だったら、退職後はこういうフリーランスの立場で食べていけないかと考えたことが、サイエンスプロデューサーのスタート地点になりました。

ちなみにサイエンスプロデューサーという肩書きは私がつくった造語です。これはあくまで科学番組や教材制作などの裏方を務めるつもりで名付けたもの。つまり、自分が人前に出ることは、当時はまったく想定していませんでした。

それがこうしてテレビなどに出させていただくようになったのは、ある番組制作会社の人がNHKに新たな教育番組を提案する際、私を演者として起用する旨を企画書に盛り込んだことがきっかけでした。

当時の私はまったくの無名ですし、企画が採用される見込みは限りなくゼロに近いと思われましたが、理科離れ、科学離れが社会問題化する世相に、たまたま企画の趣旨が合致していたのでしょう。この番組が実現することになり、1995年の春からスタートしたのが『やってみようなんでも実験』でした。

この番組が思いがけず好評を博したのは、私にとって幸いでした。これ以降、ほかのテレビ局からも声がかかるようになり、しだいにイベントや講演のオファーも増えていきました。

講演では最初のうち、科学の知識を語るセミナーのような形式で行っていましたが、それでは持ち時間が余ってしまうため、少しずつ科学実験を取り入れるようになりました。空気砲やペーパーブーメランなど、装置を用いた実験スタイルは、この頃に確立したものです。

当然、教員時代と比べて生活も激変します。全国を飛び回りながら、その合間にテレビの収録をこなす日々は、肉体的にも精神的にも非常にハードでした。それでも、私はもともと単なる科学好きですから、趣味が仕事のようなもの。おかげで、体力的にはキツくても、あまりストレスをためることなく生活できるようになりました。

もっとも、10名程度の小所帯とはいえ、現在は会社組織として活動していますから、お金を稼ぐことだって大切です。その意味で、昨今のコロナ()でイベントが軒並み中止になってしまったのは、非常に頭の痛い問題です。一刻も早く、また皆さんの前で実験を行い、驚かせられる日が戻ってくるといいのですが……。

「科学」ではなく「科楽」の世界を楽しんでほしいんです

幸いにして、私はこれまで病気らしい病気はほとんど経験していません。とはいえ、健康診断では血糖値や血圧の高さを指摘されますから、年齢相応に生活習慣病の予備群ではあるのでしょう。一時期は自分で測定器を使ってまめに血糖値を測っていました。でも、気にしすぎもよくないですからね。もともとお酒はあまり飲みませんし、度を越した大食漢というわけでもないので、しっかりと健康診断を受けて、最低限のことに気を配りながら、できるだけ健康を維持していければと考えています。

ただ、睡眠については、昔から寝つきが悪いのが悩みの種。子どもの頃は何かあるとすぐにおなかを下していたので、基本的に神経質なのでしょう。

そのため、オフの日には昼寝をして体を休めるなど、できるだけ回復に努めるようにしていますが、睡眠を取るのにも体力が必要ですから、なかなか長時間ぐっすりというわけにはいきません。でも、大病を患っている方からすれば、これもささいな問題といっていいと思います。いくつもの小事をくぐり抜けながら、私も早66歳になりました。

そんな中、いま気になっているのは、机上の理屈ばかりを押しつける現状の教育です。科学に対する興味や関心は養われにくいですし、何より情報をもとに自分で判断する思考力が磨かれません。だからこそ、昔よくいわれていたように、「科学」ではなく「()(がく)」としてサイエンスを楽しめる土壌を作ることが必要だと思います。

そこで重要なのは、「直接体験」です。現代はただでさえ情報があふれているうえ、インターネットで何でも調べられるようになりました。しかし、自分が能動的に動いて見つけた発見と違い、手元でさっと調べただけの情報は、すぐに忘れてしまうもの。これではほんとうの意味での学びにはなりません。

例えば「すごくおいしい料理を出すお店がある」という情報をいくらテレビやインターネットで知ったところで、その料理の味や香りを知ることはできません。どれだけ優れた食レポを見たところで、実際に自分で食べてみなければその味を知ることはできないのです。

私がテレビやイベントでさまざまな実験をやって見せるのも、「自分でもやってみたい」という意欲を喚起することで、子どもたちに少しでも多くの直接体験を求めてほしいと願っているからです。そしてこれは、高齢者の皆さんにとっても決して()()(ごと)ではありません。むしろ、年齢を重ねるほど、つい直接体験をさぼってしまいがちなので注意が必要です。

「自分でやってみる」という直接体験を大切にすれば好奇心は刺激されます

「実験は科学への関心を高めるきっかけになると確信しています」

人は年を取るほど落ち着きを増し、持っている知見が増えるものと誰もが思い込んでいますが、ほんとうにそうでしょうか?わが身を顧みても、10年前や20年前と比べて自分が大きく成長しているかというと、あまりそうは思えません。きっと皆さんも同じなのではないでしょうか。

若い頃よりも感動したりテンションが上がったり、心を揺り動かされたりする機会が少なくなってしまうのはしかたのないことかもしれません。でも、だからといってさぼっていては、身も心も枯れていく一方です。

きっかけ1つで科学への関心を高められることは、私の活動がこうして長く続いていることからも明らかです。イベントを催せば、おおぜいの大人たちがお子さんやお孫さんといっしょに参加してくれます。いくつになっても「自分でやってみる」という直接体験を大切にしなければ、好奇心は刺激されません。

きっかけは観察や採集、工作、実験など何でもいいでしょう。科学を通して世界観が広がる体験を、皆さんもどうか大切にしてください。