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50年間にわたるウンチの研究から“長寿菌”を見つけました

著者インタビュー

細菌学者 辨野 義己さん

ウンチを調べれば、腸内環境のすべてが分かります

[べんの・よしみ]——1948年、大阪府生まれ。一般財団法人辨野腸内フローラ研究所理事長。国立研究開発法理化学研究所名誉研究員。酪農学園大獣医学科卒業。東京農工大学大学院を経て、理化学研究所に入所。農学博士(東京大学)。およそ半世紀にわたって腸内細菌の生態と分類を研究。『「腸内細菌」が健康寿命を決める』(集英社インターナショナル)、『大便革命』(幻冬舎)、『100歳まで元気な人は何を食べているか?』(三笠書房)、『大腸を元気にする新常識』(宝島社)など著書多数。

「善玉菌と悪玉菌」「健康維持のカギは腸内環境にあり」という考え方は、いまや私たちにとって常識となっています。しかし、50年前には腸内細菌に関する研究はほとんど進んでいませんでした。いま、腸内細菌が健康の要として知られるようになったのは、多くの研究者らによる調査や研究のおかげといえるでしょう。そのうちの一人である辨野義己先生は、日本の腸内細菌研究を牽引してきた細菌学者として知られています。

辨野先生の著書『「腸内細菌」が健康寿命を決める』には、腸内細菌の研究を志した秘話や研究における苦労話、元気に長生きしている人々の腸内にたくさん存在することがわかった長寿菌の話、さらには新型コロナウイルスに対抗する“腸能力”の話などが分かりやすくまとめられ、話題を集めています。

約50年間、腸内細菌の研究に携わっている辨野先生は、「腸内細菌の研究は“ウンチ”を手に入れることから始まる」と話します。

「私の腸内細菌研究にとって、ウンチは欠かせない存在です。一人ひとりの顔や性格が違うように、ウンチの個性も人それぞれ。そこで私は、世界中の人に『あなたのウンチをください!』とお願いしながら、集めたウンチから細菌を取り出して研究を続けています。ウンチをいただけると聞けば、全国の病院や長寿地域へと足を運びました。研究用のウンチは国内のみならず、カナダのトロントやパプアニューギニア、フィンランドやリトアニアなど、世界各国から集めて空輸したこともあります。

特に印象深いのは、同時多発テロが発生した2001年9月11日の出来事です。その日、私は中国の広州で集めた360人分のウンチを持ち帰るために広州空港にいたのですが、同時多発テロの影響で手荷物検査がとても厳重でした。厳しい表情の検査官を前にウンチの大切さを伝えるのは苦労しましたが、私にとっては貴重な研究材料。疑いの目を向ける検査官に丁寧な説明を繰り返すことで、360人分のウンチを無事に日本まで運ぶことができました」

健康長寿を叶える“長寿菌”は食生活で作られます

最新技術を用いても未解明の部分が多い腸内細菌の世界において、辨野先生は大きな発見をしています。自身が“長寿菌”と名づけた腸内細菌の存在です。

「ウンチの主がどこに住んでどのような生活を送り、いかなる食習慣があるのかを調べるために行うのがフィールドワークです。私は研究者として研究室の中だけにとどまらず、実際に現地を訪れるフィールドワークを大切にしています。中でも、日本有数の長寿地域である奄美群島の1つである奄美大島や、寝たきりの期間が短いといわれる大分県の姫島で行ったフィールドワークでは、貴重な情報が得られました」

奄美大島を訪れた辨野先生は、島の元気な百寿者たちがふだんとっている食事に注目。フィールドワークとして百寿者たちの食事風景を観察したところ、豆腐と海藻を組み合わせた味噌汁や、タマネギとセロリの野菜サラダ、モズクなどの海藻、ゴーヤのリンゴ酢漬けや青パパイヤの味噌漬けなどの漬物、サツマイモや小豆のお粥、「ミキ」と呼ばれるお米で作った乳酸菌発酵飲料といったメニューを日常食としてとっていたそうです。

「姫島の百寿者たちも、自分たちの畑で育てた野菜と海で採れる海藻が中心でした。そして奄美大島と同じように、サツマイモが食卓に並んでいました。全国の市区町村の中で高齢化率が最も高い群馬県甘楽郡南牧村では、幅広のうどんに野菜と山菜をたっぷり入れて煮込む『おきりこみ』と呼ばれる料理で野菜をたくさん食べていました。健康長寿の地域で暮らす人たちは、野菜中心の食生活を送っているのです」

さらに辨野先生は、多くの健康長寿の人たちのウンチを調べたところ、「酪酸」という物質を作るフィーカリバクテリウムとラクノスピラという腸内細菌が多く検出されたといいます。

「フィーカリバクテリウムやラクノスピラといった酪酸産生菌によって作られる酪酸は、がん細胞の抑制や腸粘膜の正常化による免疫向上、腸管機能向上効果による消化・吸収の促進など、有益な健康効果があるとされています。私は、これら2つの酪酸生産菌に善玉菌として知られるビフィズス菌を加えて“長寿菌”と名づけました」

健康寿命を延ばすカギになる可能性を秘めた長寿菌の存在。辨野先生はフィールドワークに基づくデータから、食事を通じて長寿菌を増やす方法も見つけたそうです。

「健康長寿地域にお住まいの元気な高齢者は、畑で採れる野菜を中心に、旬の食材を常食しています。また、海から海藻、山から山菜といったように、地元産の新鮮な食材をいただいています。つまり、健康長寿を叶える腸内環境は、地域ならではの旬の食事によってもたらされるのです」

辨野先生いわく、長寿菌は短期間で増やすことができるそう。どうすればいいのでしょうか?

「私が行った調査の結果、20日間、通常の食事に加えて野菜を毎日350㌘とったグループと、毎日350㌘の野菜に加えて12㌘のオリゴ糖シロップをかけた300㌘のヨーグルトを食べたグループの人たちの腸内に長寿菌が増えていました。つまり、従来の食生活をガラリと変えなくても、野菜やヨーグルトを加えるだけで腸内の長寿菌が増えるんです」

もちろん、辨野先生も、腸内細菌を意識した食生活を心がけているといいます。

「私は毎朝、愛犬と1時間半ほど散歩をした後、辨野式スペシャルドリンクを飲んでいます。材料はヨーグルト300㌘、豆乳100㍉㍑、乳酸菌飲料、バナナ1本で、適量の抹茶とハチミツ、サプリメントのアルギニン粉末を加えてミキサーで混ぜ合わせます。辨野式スペシャルドリンクを飲んだ後にいただく朝食は和食です。主食は玄米ごはん、汁物は旬の野菜がたっぷり入ったスープで、つけあわせは焼き魚か納豆、メカブ、オクラ、ナメコのうちのいずれか一鉢です。昼食は朝食と同じ野菜スープを保温容器に入れて研究室に持参し、お湯を注ぐだけで作れるメカブとワカメの玄米雑炊などといっしょにいただきます。夕食は家で食べることもあれば、外ですませることもありますが、できるだけ野菜中心のメニューを心がけています。私は若い頃から肉食が大好きですが、50代から腸内細菌を意識した食生活を送るようになってから、10㌔の減量に成功しています」

“腸能力”をつけて免疫力を高めよう!

腸内細菌という微生物の研究者である辨野先生は、新型コロナウイルスに関する知見を求められることも多いといいます。

「私たち人間の免疫細胞の70%は腸内細菌が操っていると考えられています。免疫を適切に機能させてさまざまな感染症に対抗するには、健全な腸内環境を作ることが大切です。ウンチは腸内細菌バランスを測るバロメーターといえます。毎日快便で、いいウンチが出ている人は、腸内環境が健全といえるでしょう」

最後に辨野先生は、理想的なウンチを出するために必要な3つの“腸能力”を挙げてくれました。

「1つ目はウンチを作る力。食物繊維を含む食べ物をこまめにとるといいでしょう。2つ目は、ウンチを育てる力。ウンチを育てるのは腸内細菌の仕事なので、長寿菌を活性化する食べ物を積極的にとりましょう。3つ目は、ウンチを出す力。腸をよく動かすためにはインナーマッスルを鍛えることが有効です。新型コロナウイルスが収束する日まで、食事を通じて免疫力を高めましょう」

辨野義己さんの著書
「腸内細菌」が健康寿命を決める
集英社インターナショナル/800円+税