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がんを経験したからこそ思いのこもった絵が描けるようになりました

患者さんインタビュー
大滝 葉子さん

悪性腫瘍の再発に続いて希少がんと告げられたとき目の前が真っ暗になりました

[おおたき・はこ]——神奈川県生まれ。画家。2014年末に悪性腫瘍が見つかる。2015年に胃と脾臓と胆嚢を全摘する手術を受けるも、2017年末に再発。専門病院で受けた精密検査の結果、ステージⅣの未分化多形肉腫と判明して手術を受ける。現在は画家として、見る人を励まし、心を癒やす作品を描きつづけている。

思いどおりにいかないことがあったり、想像を超えるほど大きな壁にぶつかったりしたとき、「生まれてこなければよかったのに」と思ったことが何度もありました。念願の美術大学への進学を家庭の事情で諦めなければならなかったときや悪性腫瘍あくせいしゅようが見つかったとき、そして未分化多形肉腫みぶんかたけいにくしゅという希少がんと診断されたときもそうでした。それでも、がんの手術を受けてから再発や転移がなく1年半が過ぎたいま、私は「生まれてきてよかった」と心の底から感じています。

2014年12月に悪性腫瘍が見つかるまで、私は書店に勤めていました。大好きな本に囲まれた職場でいい同僚にも恵まれ、大きなやりがいを感じながら働いていました。家事や育児との両立に努めながら、残業もまったく苦にならないほど前向きに仕事に打ち込んでいたんです。

ところが、50歳のときに尿路結石を患ってから、更年期障害の症状にも苦しむようになりました。当時はとにかく疲労感がひどく、情熱を注いでいたはずの仕事がしだいにつらく感じるようになってしまいました。

体重もどんどん減っていきました。さらに、左腹部にズキズキするような痛みを覚え、体の中から〝キュルルル〟という音が聞こえてくるようになったんです。病院を受診してレントゲンや胃カメラによる検査を受けましたが、担当の先生からは「大丈夫です」といわれていました。

それでも違和感が続いたので、PET(ポジトロン放出断層撮影装置)による検査を受けることにしました。検査の結果、主治医の先生から「胃の外側にグレープフルーツ大の悪性腫瘍がある」といわれ、言葉を失うほど驚きました。そして、先生と相談して胃と脾臓ひぞう胆嚢たんのうを全摘する手術を受けることになったんです。

手術を受けてからは、食事をとるたびに動悸どうきやめまい、下痢げり、吐き気に襲われるダンピング症候群に苦しみました。さらに、「1日も早く職場へ復帰しなければ」という焦りから精神的にも追い詰められ、うつ病を発症してしまったんです。

カウンセリングを受けたり絵を描いたりすることで、うつ病はずいぶんらくになりました。ところが、術後の経過は思わしくなく、3年後のCTスキャン(コンピューター断層撮影装置)による検査の結果、胃の外側に悪性腫瘍の再発が見つかったんです。そのとき、私はセカンドオピニオンを受けようと決意。がんの専門病院を受診することにしました。

専門病院では、希少がん専門の先生にてもらうことになりました。すると、病理検査の数値を見た先生から「これはやっかいそうな肉腫ですね。手術は無理なので、1日も早く検体を調べて腫瘍の種類を特定し、最適な抗がん剤治療を受けないと命に関わります」といわれ、目の前が真っ暗になりました。

精密検査の結果、ステージⅣの未分化多形肉腫であることが判明。担当の先生の説明によると、未分化多形肉腫は希少がんといわれる肉腫の中でも罹患りかん者数が少ないものなのだそうです。さらに、肺に転移したら悪化しやすく、次はどこに転移するか分からないという説明も受けました。

担当の先生からは抗がん剤治療をすすめられ、「抗がん剤治療の副作用として体力の8割が失われます」といわれました。けれども、ただでさえ体力が低下していて日常生活を送るのが難しいと感じていた私は、抗がん剤治療ではなく手術をすすめてくれる病院を探すことにしたんです。

複数の病院を訪れて相談していたところ、友人から教えてもらった専門病院ですばらしい主治医の先生との出会いに恵まれ、手術を受けることができました。肉腫とともに左の腎臓じんぞう全部と膵臓すいぞうの半分を摘出することになったものの、手術は成功。再発や転移はなくいまに至っています。

大切な人のために一心に絵を描くことが、がんの再発を防いでいるのかもしれません

アトリエ兼自宅の壁面には、いままで手がけてきた作品が並ぶ

がんになる前と後では、体調の変化だけでなく仕事や住まいといった生活環境も一変しました。それでも私は、「病気や生活環境の変化を理由にやりたいことを我慢したり、諦めたりする必要はない」と、みずから学ぶチャンスをもらえたことに心から感謝しています。

美術大学に進学するという夢がもしもかなっていたとしたら、いまとはまったく違った人生を歩んでいたはずです。とはいえ、美術大学で本格的に絵を学ぶことができなくても、ありったけの思いをこめて絵を描くことはできます。むしろ、闘病をはじめとする多くの葛藤を経験したいまの私だからこそ、たくさんの人に喜んでもらえるような絵が描けると信じています。

私が絵を描きはじめたきっかけは、2015年1月の悪性腫瘍の摘出手術後に生じた、どうしようもない苦しみをやすためでした。手術の後、肉体的にも精神的にも追い詰められていた私に、カウンセラーの方が「自分を責めるような破壊的な方法ではなく、もっと建設的な方法で、自分のいまのほんとうの気持ちを表現してみませんか」というアドバイスをくれたんです。

幼い頃からお絵描きや絵本が大好きで、学生時代には石版画を扱うお店で額装のアルバイトをしていた私は、自分の気持ちを表すために絵を描くことにしました。絵のテーマに選んだのは、ふだん素直に表現しにくい自分の内面を子ども時代の自分に投影した「インナーチャイルド」です。

インナーチャイルドは直訳すると「内なる子ども」。心理学から生まれた言葉だそうです。私の分身のような存在の少女が、私がやりたくてもやれなかったことを具現化する姿を描いているうちに、心がだんだん穏やかになっていきました。

インナーチャイルドをテーマにした一連の絵が完成すると、絵を描くことの他にも「何か人の役に立てることをしたい」と考えるようになりました。そして熟考の末、私は「お掃除ブログ」を始めることにしたんです。

ブログでは、掃除や片づけのしかたについての情報発信を行っていました。掃除や片づけが苦手な人にこそ楽しんでもらいたかったので、内容や表現を工夫して文章をつづるように努めました。

私はもともと掃除や片づけが大の苦手でした。でも、悪性腫瘍があると分かってから、自分に残された時間やこの世からいなくなった後のことを意識せずにはいられなくなったんです。そして、「残りわずかかもしれない人生でほんとうに必要なものはなんだろう」と考えた結果、片づけを始めるようになりました。

体調が悪化していったので、ブログのテーマも掃除から自分の闘病体験へとしだいに変わっていきました。当時を振り返ると、ブログでの情報発信を通して、みずからが生きた証を残したかったような気がします。実際、ブログを始めてからインターネットを通して闘病中の患者さんとの交流が始まり、かけがえのない友人もたくさんできました。すると、いままでのように自分を癒やすためだけでなく「誰かの心の支えになれるような絵を描きたい」と強く思うようになっていったんです。

友人のために最初に描いたのは、ガーベラの花束を持った少女の絵です。ガーベラの花言葉は「希望」。私と同じように病気と闘っている友人を励ましたくて、気持ちをこめて描きました。気持ちがこもった「温度のある絵」は、私ががんを経験したからこそ描けるのだと思います。

相手のことを思って病気の回復を願いながら描くことが、私のがんの再発を防ぐことにつながっているのかもしれません。

「情けは人のためならず」ということわざのとおり、人を愛することで自分も満たされているので、私は絵を人に贈るときには報酬をいっさいいただいていません。大切な人のことだけを考えながら一心に絵を描いている時間は、自分の病気のことを忘れていられるひとときなんです。

大切な人たちのことを思いながら描いた作品からは温もりが伝わってくる

日常のささやかな出来事に感謝や喜びを感じられるのは幸せなことだと思うんです

私が元気で過ごせているのは、自分1人の力だけではありません。たくさんの人や動植物とのすばらしい出会いによって、一命を取り留めました。

信頼できる主治医と出会えたのは、ブログを通して知り合った友人のおかげです。友人は私のために病院を調べてくれて「この病院の先生に診てもらったらどうかしら」とアドバイスをくれました。

愛犬の存在は、私が「生きたい」と願う最大のモチベーションです。愛犬は7歳の誕生日を迎えたばかりの女の子。彼女には「死」という概念がありません。「もし私がいなくなったら、彼女は帰ってこない私をいつまでも待ちつづけるにちがいない」と思うと、がんを克服するための勇気が高まるんです。彼女が天寿をまっとうするのを見届けるまで、私もこれから10年は生きる決意を固めています。

愛犬は1日中私にくっついています。絵を描いているときも、ひざに乗ってくるので、絵が描きにくくてしょうがないほど。それでも、くたびれて寝そべると必ず添い寝をしてくれるし、散歩中に立ち止まると彼女はちっとも疲れていないのに私をじっと待っていてくれるんです。彼女のおかげで、いつも心がポカポカしています。

私の家族は愛犬だけではありません。私のアトリエには、ベンジャミンという観葉植物の鉢があります。いまは緑の葉が茂っていますが、未分化多形肉腫の手術入院後に久しぶりに帰宅したときには、枯れて幹が折れ曲がっていました。

心の中で何度も謝りながら、水と肥料をたくさんあげました。退院後に引っ越した新居は日当たりがよくないので、外に出して毎朝欠かさずに水やりを続けました。すると、数ヵ月後には新しい葉が出てきてくれたんです。緑の葉の愛らしさに胸を打たれ、命の尊さを実感した出来事でした。

炊飯器の玄米炊飯モードで調理したサバとコンニャクのみそ煮(左)。調味料はみそとみりんだけだが、シイタケとショウガといっしょにじっくりと煮込んでいるので、味がよくしみていておいしい。チャイラテプリン(右)の甘みはハチミツを使用。ショウガとシナモンがアクセントになっている

毎日の食事も、「命をいただいている」と思って大切に食べています。友人から「『ありがたい』と思いながら食べると、栄養をよりたくさん吸収できる」と教えてもらい、実践しているんです。また、半分摘出した膵臓に負担をかけないように、1日に何回かに分けて少しずつ食事をとる「分食」を心がけ、食べ物の質にも気をつけています。がんを経験する前に比べて、自分の体をいたわるようになりました。

もともと細かいことにはこだわらない性格の私は、簡単にできる料理が得意です。炊飯器の玄米炊飯モード機能を使うと、食材を低温でじっくり加熱できるので便利なんです。毎日続けているのが、手作りの玄米重湯おもゆ。玄米、ハト麦茶、黒米で作ります。豆乳を使ったプリンや散歩中に摘んだヨモギをゆでて作るヨモギダンゴも、私のお気に入りです。

私は大切な人たちのために大好きな絵を描きながら、愛犬と散歩に出かけたり、植物の世話をしたり、体に優しい食事を作ったりして穏やかな毎日を過ごしています。もちろん、再発や転移の可能性がなくなったわけではありません。定期検査は現在も受けています。それでも日常の一つひとつの出来事に感謝の気持ちや喜びを感じられるいま、私はとても幸せです。