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不可能を可能にする「再生医療」とは?

がん治療の進化を目撃せよ!

日本先進医療臨床研究会代表 小林 平大央

慢性期の脊髄損傷にも効果があるといわれる最先端の再生医療が秘めた可能性とは?

[こばやし・ひでお]——東京都八王子市出身。幼少期に膠原病を患い、闘病中に腎臓疾患や肺疾患など、さまざまな病態を併発。7回の長期入院と3度死にかけた闘病体験を持つ。現在は健常者とほぼ変わらない寛解状態を維持し、その長い闘病体験と多くの医師・治療家・研究者との交流から得た予防医療・先進医療・統合医療に関する知識と情報を日本中の医師と患者に提供する会を主催して活動中。一般社団法人日本先進医療臨床研究会代表理事(臨床研究事業)、一般社団法人ガン難病ゼロ協会代表理事(統合医療の普及推進)などの分野で活動中。

これまで不可能とされてきた難病の治癒(ちゆ)が期待される治療法に「再生医療」という分野があります。再生医療には、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥(やまなかしんや)博士が発見したiPS細胞を使った臓器再生による治療法や、先進的な治療法として厚生労働省に認可された自己幹細胞を使った治療法などがあります。

iPS細胞とは、細胞を培養して人工的に作られた多能性の幹細胞のことです。人間の受精卵を壊して作る必要があったES細胞(胚性幹細胞(はいせいかんさいぼう))に比べて倫理的課題がないという意見があるものの、iPS細胞による再生療法は最先端の治療であるために未知な部分が多く、近年になってやっと臨床研究が始まったばかりです。

一方の自己幹細胞を使用した再生医療は、本人から採取した幹細胞に生理活性物質などを加えて大幅に増殖させてから、本人の体に点滴などで戻す治療法です。安全性が高く、感染症や免疫抵抗などの問題が起こりにくいという利点があります。

細胞は「細胞分裂」という現象を通して増えることが可能です。しかし、すでに分化が終わった通常の細胞は違う性質の細胞にはなれず、例えば血液の細胞は血液に、皮膚の細胞は皮膚にしかなれません。

一方、幹細胞は「さまざまな細胞に分化できる未分化な細胞」のことです。幹細胞は多種多様な細胞や臓器に変化して成長することができる細胞なのです。この特殊な細胞を治療に使うことで、これまでの治療では不可能だった臓器の修復・再生を行うことができ、多数の症例からさまざまな治療効果があったことが報告されています。

自己幹細胞治療で使用される幹細胞は「間葉(かんよう)系幹細胞」と呼ばれる細胞です。間葉系細胞とは、血管やリンパ管、骨、筋肉などに分化する「(ちゅう)胚葉(はいよう)」系の組織に存在する細胞です。中胚葉とは、胃や腸や肺などに分化する「内胚葉(ないはいよう)」と、皮膚などに分化する「外胚葉(がいはいよう)」の間の組織に分化する部分です。

間葉系幹細胞は、骨髄(こつずい)や脂肪、胎盤(たいばん)臍帯(さいたい)歯髄(しずい)などに多く含まれ、iPS細胞やES細胞と比べて入手が容易で、ガン化の心配などが少なく安全性が高いことが知られています。ただし、間葉系幹細胞の分化能自体は、iPS細胞やES細胞と比較して劣るとされており、分化できる細胞の種類が中胚葉系の細胞などに限られていることが分かっています。

『あなたを救う培養幹細胞治療』辻 晋作 著(集英社インターナショナル)

これまでの研究で間葉系幹細胞の治療効果が示唆されている疾患には、血管の病気として心筋梗塞(しんきんこうそく)や脳梗塞、初期の腎不全(じんふぜん)、認知症、糖尿病などによる下肢(かし)虚血(きょけつ)のほか、血管に障害が出る病気全般などがあります。また、神経の病気として小児マヒや認知症、脳梗塞、パーキンソン病、骨・軟骨の病気として関節リウマチや変形性関節炎、さらに、糖尿病、肝臓病、免疫疾患(難治性の膠原(こうげん)(びょう))、ぜんそくのほか、疾病(しっぺい)の予防や体全体の機能向上などが挙げられます。

再生医療は、これまで治療法が存在しなかった病気に対する新しい治療法として注目されており、脳梗塞の後遺症や脊髄損(せきずいそん)(しょう)によるマヒなどの治療法として世界中で研究が行われています。特に、間葉系幹細胞の治療では、脳梗塞の後遺症や脊髄損傷の機能回復などの治療法が試されています。

具体的には、患者本人の脂肪組織などから採取・培養した間葉系幹細胞を静脈内に点滴投与する治療法です。静脈内に投与された間葉系幹細胞は血流に乗って損傷部位に集まり、間葉系幹細胞の分泌物(ぶんぴつぶつ)によって血管新生作用や脳血流改善作用、神経再生・保護などの機能回復作用のほか、抗炎症作用によって炎症を鎮静化して痛みや不調原因を緩和することが期待できるのです。

再生医療で使用する間葉系幹細胞は、骨や軟骨、筋肉、(けん)、脂肪、神経など、多様な細胞に分化できる能力を持つことから、傷ついた組織の修復や機能回復、血管新生、脳血流の改善などの作用を誘発させ、(ちゅう)(すう)神経系障害や日常生活動作障害、機能障害などの改善が期待されています。

中枢神経は脳と脊髄で構成されており、全身に指令を送る神経系統の中心的な働きをしています。中枢神経がダメージを受けると、筋力の低下やマヒ、感覚の異常や喪失が起こるほか、排尿や排便の調節が困難になることもあります。

『驚異の再生医療~培養上清とは何か』上田 実 著(扶桑社)

人間の体には自己修復機能というものが備わっており、傷ついたり古くなったりした細胞は自己修復や再生が行われます。しかし、大きく損傷したり老化が進んだりすると自己修復機能が十分に働かなくなります。事故や病気の後遺症がそれに該当します。

マヒなどの後遺症は、これまで改善しないと考えられてきました。ところが、間葉系幹細胞を用いた臨床研究で、回復不能と診断された後遺症が改善する事例が報告されてきているのです。

では、なぜ幹細胞は点滴で血液に注入するだけで患部に届くのでしょうか。それは、幹細胞には損傷部位を自動的に認識し、その部位に集結して損傷組織の修復を促す特性があるからです。損傷部位に集結した幹細胞は必要な細胞に変化するということも分かっています。

脊髄損傷の再生医療には、大きく分けて骨髄由来の幹細胞を投与する方法と脂肪由来の幹細胞を投与する方法の二つがあります。近年の研究では、脂肪由来の幹細胞のほうが治療成績が高いという研究や論文報告があります。また、投与する幹細胞の数が多いほど治療成績も上がることが分かっています。脂肪由来の幹細胞は培養しやすく多くの細胞を投与できるため、骨髄由来の幹細胞よりも高い治療効果が期待できます。

また、骨髄から幹細胞を採取する「骨髄穿刺(こつずいせんし)」は感染のリスクが高いという問題もあります。安全性の面でも、脂肪細胞由来の幹細胞のほうが骨髄由来の幹細胞よりも優れています。こうした理由から、現在、間葉系幹細胞による再生医療を行っている医療機関の多くは、脂肪由来の幹細胞を使用しているのです。