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中高年は夜間の排尿障害に伴う睡眠障害が起こりやすく夕方の運動で解消

泌尿器科

順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学教授 堀江 重郎

夜間頻尿の放置は死亡リスクを高める可能性があり、転倒・寝たきりに要注意

[ほりえ・しげお]——医学博士。1985年、東京大学医学部医学科卒業後、テキサス大学に留学。日米の医師免許を取得。2003年、帝京大学医学部主任教授を経て、2012年より現職。日本泌尿器科学会指導医、日本内視鏡外科学会腹腔鏡技術認定医。日本抗加齢医学会理事長、日本Men’s Health医学会理事長。『寿命の9割は「尿」で決まる』(SBクリエイティブ)ほか著書多数。

私たちは通常、1日5~7回の排尿をしています。排尿回数が1日8回以上の場合は「頻尿」とされ、就寝中の排尿回数が一回以上の場合は「夜間頻尿」と判断されます。昼夜ともに頻繁な排尿は生活の質(QOL)を低下させる不快な症状といえますが、特に深刻なのは夜間頻尿です。

日本人を対象とした夜間頻尿の調査によると、40~50代の半数以上が夜中に1回はトイレに起きています。さらに、60代以降になると、約8割以上の人が夜間頻尿の症状があると報告されているのです。

夜中に1回程度の頻尿であれば、年齢相応の老化現象といっていいでしょう。しかしながら、夜間の排尿回数が2~3回、3回以上と徐々に増えてきた時は注意が必要です。

高齢者の集団を6年間にわたって調査したスウェーデンの研究結果では、「夜間に3回以上トイレに起きる人は、2回以下の人と比べて2倍も死亡率が高い」と報告されています。夜間頻尿を放置すると、死亡リスクが高まる可能性が示唆されているのです。

夜間頻尿の症状がある人は、暗い夜中に何度も起きることになります。階段を昇ったり部屋を移動したりするため、つまずいて転倒するリスクが高くなります。高齢者が転倒して太ももの骨が折れると、そのまま寝たきり状態になってしまうこともあるのです。

夜間頻尿が起こる要因の一つに、加齢による循環器の機能低下が挙げられます。加齢に伴って、循環器である心臓や血管のみならず、下半身の筋力も落ちていきます。そのため、血液を運ぶ筋肉のポンプ機能が働きづらくなり、体内の水分が下半身にたまってしまいます。その状態で就寝すると、下半身にたまった水分の排泄(はいせつ)が促進されるため、夜間の尿量が増加するのです。

さらに、加齢に伴って睡眠障害が起こりやすくなることも、夜間頻尿を招く原因です。睡眠にはレム睡眠(体を休めるための浅い眠り)とノンレム睡眠(脳を休めるための深い眠り)の二種類があり、ひと晩の中でバランスよく繰り返されています。さらに、ノンレム睡眠は睡眠の深さによって、浅いノンレム睡眠と深いノンレム睡眠(徐波(じょは)睡眠)に分けられます。浅いノンレム睡眠の時は、尿意を感じやすくなるといわれています。さらに、高齢者は深いノンレム睡眠が減少する傾向にあるため、若年層よりも睡眠中に尿意を感じやすい状態になっているのです。

私たちの体は、睡眠時に脳の下垂体から抗利尿ホルモンが分泌(ぶんぴつ)され、腎臓(じんぞう)に作用して夜間に作る尿の量を少なくしています。しかし、抗利尿ホルモンは加齢によって減少するため、夜間に作られる尿量が増えてしまうのです。

睡眠が阻害されて慢性的な睡眠不足を引き起こす夜間頻尿ですが、「トイレに行きたくなるから目が覚める」と考えている人が少なくありません。もちろん、膀胱(ぼうこう)に尿がたまること自体も深い睡眠の妨げになりますが、眠りが浅いために尿意を感じやすくなっている場合もあります。

加齢による睡眠の質の低下には、メラトニンというホルモンがカギになっています。脳の(しょう)()(たい)という部分から分泌されるメラトニンは、良質な睡眠のために必要不可欠なホルモンとして知られています。

メラトニンは日中、強い光を浴びると分泌量が減少し、夜になると徐々に増加します。メラトニンが増えると血圧や心拍数、体温などが低下します。すると、体は休息の準備が整って眠気が自然と起こるのです。

しかし、加齢に伴ってメラトニンの分泌量が減少すると、昼間に眠くなるだけでなく、深いノンレム睡眠の時間も短くなります。浅い睡眠が増えることで睡眠中も脳が覚醒(かくせい)し、尿意を感じやすくなってしまうのです。

夜間頻尿の改善には原因を取り除く以外に睡眠の質の向上や生活の見直しが重要

夜間頻尿を改善するには、頻尿を引き起こす原因を取り除くだけでなく、睡眠の質を改善させたり、生活を見直したりして睡眠障害の解消も大切です。具体的な方法をご紹介しましょう。

昼間に日光を浴びる
高齢者の中には、一日中、家で過ごす人が少なくありません。メラトニンの量は光の強度に左右されるため、薄暗い部屋にいると十分にメラトニンが抑制されず、体は休息に入ろうとして眠くなってしまいます。日中にたくさん休んでしまうと、夜の睡眠の質は低下します。

長時間の睡眠を控える
多くの人は低下した睡眠の質を補うために睡眠時間を長く確保しようと考えがちですが、これは間違った方法です。睡眠障害は、睡眠の質の低下が関係します。睡眠時間が長ければ長いほど日中の活動量が減少し、翌日の睡眠の質は低下します。睡眠時間を延ばすことが、睡眠の質の低下を招く悪循環となっているのです。

中高年の理想的な睡眠時間は6時間程度といわれています。長時間の睡眠を取っている人は、時間を短くするだけで、睡眠の質の改善とともに頻尿の改善も期待できるでしょう。

夕方に運動する
先に解説したように、夜間頻尿を引き起こす原因の一つに、下半身にたまった水分が挙げられます。そのため、下半身にたまった水分を就寝前に尿として排出することで、夜間の尿量は減少します。下半身にたまった水分を上半身に送るには、下肢(かし)の運動がおすすめです。夕方にウォーキングやスクワットを20分程度行うことで、夜間頻尿の改善が期待できます。運動を継続して下肢に筋肉がつくと、ポンプ機能が強化されるためより頻尿の改善を実感しやすくなります。

夜間頻尿を深刻に感じている人は、糖尿病や心臓病、高血圧症、脂質異常症、慢性腎臓病などが潜んでいるおそれがあります。()尿(にょう)()の状態は「全身の健康状態を映し出す鏡」といっても過言ではありません。心当たりがある人は、早めに医療機関で診断や治療を受けましょう。