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心臓病 脳卒中 突然死 ……合併症の数々があなたを襲う!その「いびき」ほんとうに大丈夫?

呼吸器科
大阪回生病院睡眠医療センター部長 谷口 充孝

65歳以上の約半数がいびきをかき、呼吸の低下を伴う睡眠時無呼吸症候群に要注意

[たにぐち・みつたか]——1962年、山口大学医学部卒業。河﨑会水間病院勤務などを経て、2001年より現職。日本臨床睡眠医学会理事、日本睡眠学会評議員、日本精神神経学会、日本臨床神経生理学会、日本総合病院精神医学会、日本呼吸器学会、世界睡眠医学会、米国睡眠医学会。日本睡眠学会睡眠医療認定医、厚生労働省精神保健指定医、日本精神神経学会精神科専門医、米国睡眠検査技師資格。

「相手のいびきがうるさくてよく眠れない」「自分のいびきで目覚めることがある」「いびきが恥ずかしくて泊まりに行けない」など、いびきで悩む人は少なくありません。実際、日本では成人男性の20%、成人女性の5~10%、65歳以上の男女では40~50%がいびきをかくといわれています。

いびきで問題なのは「ガーッ」「ゴーッ」といった部屋を揺るがすような大音響だけではありません。近年では「いびきをかいている=睡眠の質が低い」と考えられるようになり、体に何らかの不調が現れるサインとして注目されるようになってきたのです。

では、いびきはどのようにして起こるのでしょうか。次に、いびきのしくみをご説明しましょう。

鼻から吸い込まれた空気は、鼻腔、咽頭、喉頭を経て、気管に流れ込みます。鼻から鼻腔、咽頭、喉頭までの空気の通り道を上気道といいます(「上気道の構造」の図参照)。

その後、気管を通った空気は枝分かれした気管支を経て、左右の肺に入ります。肺では、空気中の酸素と体内の二酸化炭素のガス交換が行われます。肺から吐き出される空気は、逆の経路をたどって大気中に放出されます。

上気道の構造

いびきは、息を吸うときに生じる、のどの奥の振動音です。寝ているときは舌の筋肉が緩み、舌をつり上げる力も弱くなります。その結果、舌が奥のほうに落ちて上気道のスペースが狭くなり、狭いすきまを空気が通ろうとするため、振動音が生じやすくなります。また、空気の通り道である上気道に何らかの障害物があると、空気が通過するときに不規則で乱れた流れとなって振動音が発生します。

眠っているときに毎回かくいびきを「習慣性のいびき」といいます。習慣性のいびきの中でも、呼吸の低下を伴う、重症度の高いいびきがあります。近年、問題視されている、閉塞性の「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」です。

睡眠時無呼吸症候群は、眠っている間に呼吸が止まる病気です。医学的には、睡眠中の1時間あたりの無呼吸と低呼吸の回数を示す「無呼吸・低呼吸指数(AHI)」が5以上であれば、睡眠時無呼吸症候群と診断されます。日中の眠けや夜間の頻尿、起床時の頭痛などの症状を伴います。

睡眠時無呼吸症候群といびきの関連性は非常に深く、睡眠時無呼吸症候群患者の94.8%が治療を始める前にいびきをかいていたといわれています。いびきをかく人は、いつ睡眠時無呼吸症候群になってもおかしくない「睡眠時無呼吸症候群予備群」といえるのです。

本来、睡眠は日中に活動した脳と体を十分に休息させるためのものです。私たちの体は、交感神経と副交感神経という2つの自律神経の調節によって、呼吸や血液循環、ホルモン分泌の機能などのバランスを保っています。寝ている間は体を休息させる副交感神経が優位になることが知られています。

しかし、睡眠の最中に呼吸の乱れがくり返されることで、体の中には十分な酸素が行き渡らなくなります。すると、危険を察知した脳が覚醒して呼吸の再開を促すとともに、交感神経が活性化して心拍数と呼吸数を上げ、不足した酸素を補おうとします。睡眠中のため、本人が気づくことはありませんが、寝ている間、日中に活動しているときと同じように大きな負担が体にかかってしまうのです。

睡眠時無呼吸症候群の患者数は300万人で日中の眠けで交通事故のリスクが2.4倍

睡眠時無呼吸症候群の潜在的な患者数は300万人以上といわれています。睡眠時に起こる無呼吸状態は生理現象の1つで、「軽ければ正常、重ければ治療が必要」と境界線があいまいなため、正確な患者数は把握しにくいと考えられています。

睡眠時無呼吸症候群はのど周辺の筋肉の衰えによる老化現象の1つでもあるため、50歳以上になると増えていく傾向にあります。ただし、脂肪が上半身につきやすい男性の場合は、生活習慣の乱れが続くと30代などの比較的若い年代から発症しやすくなります。また、女性の場合は、のど周辺の筋肉の活動を高める女性ホルモンの分泌が減少するため、閉経後に増加するという特徴があります。

「ひどいいびきをかいている」「睡眠中に呼吸が止まっている」と指摘されたことがある人は要注意です。さらに、夜間に何度も目覚めてトイレに行ったり、息苦しさを感じたりする場合も同様です。

日中に見られる症状としては、「朝起きたときに口が渇いている」「頭痛がする」「熟睡感がない」「目覚めが悪い」「体が重い」などがあります。そのほか、「強い眠け」「倦怠感」「集中力の低下」といった状態も睡眠時無呼吸症候群によるものかもしれません。

〝たかがいびき〟と軽視してはいけません。睡眠時無呼吸症候群による日中の眠けのせいで、交通事故や労働災害を起こす危険性が2.4倍も高くなることがわかっています。

実際、2003年2月26日に山陽新幹線の運転手が居眠り運転を起こす事例がありました。その後の検査で、運転手が睡眠時無呼吸症候群と判明し、世間の注目を集めるようになったのです。

睡眠時無呼吸症候群のほんとうの恐ろしさは合併症にあり突然死を引き起こす危険性あり

※出典:「STOP-BANG Sleep Apnea Questionnaire(Chung F et al Anesthesiology 2008 and BJA 2012)」を元に作成

睡眠時無呼吸症候群がもたらす社会的な影響以外にも、睡眠時無呼吸症候群がはらむ問題があります。高血圧や糖尿病、心臓病、脳卒中といった睡眠時無呼吸症候群の合併症です。睡眠時無呼吸症候群のほんとうの恐ろしさは、突然死さえ引き起こす合併症にあるといえるでしょう。

睡眠時無呼吸症候群が合併症を引き起こす具体的なしくみはまだ解明されていないものもあります。しかし、特に「断続的な低酸素状態」と「睡眠の分断による交感神経の活性」の2つが大きく関与していると考えられます。睡眠時無呼吸症候群になると酸素が欠乏した状態になり、少ない酸素を全身に送り届けようと、交感神経が優位になって心臓や血管に負担がかかります。こうした状態が長期間にわたって続くと、さまざまな合併症を引き起こす危険性が高まるのです。

合併症のリスクは、高血圧が約2.1倍、糖尿病が約2.3倍、心臓病が約4.3倍、脳卒中が約3.5倍、うつ病が約5倍といわれています。さらに最近では、睡眠時無呼吸症候群は、慢性腎臓病や緑内障、認知症、逆流性食道炎などと増悪関係にあることも指摘されるようになってきたのです。

睡眠時無呼吸症候群は、早期発見・早期治療が非常に重要です。近年、技術の進歩によって自宅で行う簡易検査の精度が向上し、検査入院をしなくても診断できるケースが増えてきました。また、CPAPという器具を使った治療法を適切に行うことで、睡眠中の無呼吸やいびきが減少し、熟睡感が得られて目覚めもスッキリするようになることがわかっています。

まずは、睡眠時無呼吸症候群の疑いがあるかどうかを上の「睡眠時無呼吸症候群チェックリスト」で確かめてみてください。あてはまる項目が多いほど、睡眠時無呼吸症候群の疑いがあります。高血圧や糖尿病、心臓病、脳卒中などの合併症を未然に防ぐためにも、1度専門の医療機関を受診することをおすすめします。