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[骨盤セルフ調整&かかと着地歩行]で痛みが軽減

整形外科

やら整形外科院長 屋良 貴宏

変形性股関節症の治療は最終的には手術で人工関節は優秀だが万能ではない

[やら・たかひろ]——1975年、福岡県生まれ。2001年、山口大学医学部卒業後、同大学整形外科入局。医学博士。山口大学医学部附属病院、小郡第一総合病院、山口労災病院、済生会下関病院、中之島いわき病院、福岡志恩病院などでの勤務を経て、2019年、やら整形外科を開院。日本整形外科学会、日本股関節学会、日本人工関節学会、西日本整形外科学会、日本関節鏡・膝・スポーツ整形外科学会、日本骨折治療学会、中国・四国整形外科学会などに所属。

私は生まれも育ちも福岡で、地元に貢献したいという思いから福岡市の早良(さわら)区にクリニックを開院しました。福岡市の中心部から少し離れている場所で、地域に住む幅広い年齢層の患者さんが来院しています。ひざや肩、腰の痛みで来院される患者さんが多い中、毎月70人ほど(へん)(けい)(せい)()(かん)(せつ)(しょう)の患者さんが治療を受けています。

変形性股関節症は、股関節の軟骨がすり減って変形することで、痛みや違和感、ひっかかり、動かしにくさなどが起こる病気です。変形性股関節症は早期の発見・治療が大切です。「早期発見できるかどうかが人生を変える」といっても過言ではありません。次のいずれかの症状に当てはまる方は、すぐに整形外科を受診しましょう。

歩きはじめや立ち上がるときに足のつけ根が痛む
股関節が曲げにくく、足の(つめ)が切りにくい
股関節が曲げにくく、靴下が履きにくい
あぐらがかけない
最近、歩き方がおかしいと指摘される

変形性股関節症の病期は四つに分けられ、「①前股関節症→②初期→③進行期→④末期」と徐々に症状が悪化していきます。関節軟骨の破壊が進むと骨と骨が直接ぶつかるようになり、股関節が変形していきます。治療せずに放置すると症状が不可逆的に進行し、慢性的な痛みのために歩行が困難になったり、股関節の可動域(動かすことができる範囲)が制限されたりして、生活の質が著しく低下してしまうおそれもあります。

私は股関節の専門医として、多くの患者さんの治療に携わってきました。末期の変形性股関節症の患者さんが最終的に受ける主な治療は、人工関節置換術です。人工関節置換術は、変形した骨や余分に形成された(こつ)(きょく)(軟骨が骨化したトゲ状の骨)などを取り除いた(こつ)()(しょう)(土台となる骨)に、金属やセラミック、ポリエチレンなどで作られた人工関節を埋め込んで置き換える手術です。

人工関節置換術はとても優秀な治療法で、痛みの改善は劇的といえます。手術後に「激痛が消えた」と喜ばれる患者さんを見たことは、私が股関節専門医を志したきっかけでもあります。とはいえ、人工関節置換術は決して万能の治療法ではありません。

人工関節には耐用年数があり、一生もつものではありません。技術が進歩して耐用年数は25年以上になったといわれていますが、耐用年数以上の年月が経過すれば、困難な人工関節の再置換術が必要になるケースもあります。

人工関節置換術は、骨が()せ細ってしまう(こつ)()(しょう)(しょう)とは相性の悪い治療法です。人工関節の土台となる骨が痩せ細ると、耐用年数に満たない早期の段階で再置換術が必要になることもあります。骨粗鬆症も変形性股関節症も中高年の女性に多い疾患なので注意が必要です。

また、人工関節周辺での骨折や細菌感染などの合併症のリスクもゼロではなく、手術後に違和感や歩きづらさを覚える患者さんも少なくありません。何よりも、人工関節に置き換えた股関節は二度と元の自分の骨でできた股関節には戻せないのです。

運動療法は病期にかかわらず有効で炎症を抑えて行うと股関節痛の完治も可能

人工関節置換術を受けるのは、生活の質が著しく低下したときです。私は目安として「変形性股関節症で動けなくなったとき」「変形性股関節症でやりたいことができなくなったとき」の二つを挙げています。股関節を動かせないほど変形性股関節症が進行した場合は行動範囲が著しく狭くなり、生活の質が極度に低下した状態といえます。例えば、海外旅行や長年やっていたゴルフなど、自分がやりたいことが変形性股関節症のせいでできないのであれば、手術で痛みを解消して人生を(おう)()したほうがいいのではないでしょうか。

基本的に、私はどの病期の患者さんでも最初は保存療法に取り組むべきだと考えています。変形性股関節症は病期にかかわらず、股関節に負担をかけすぎない程度に運動を行うことで症状が軽快する可能性があるのです。運動療法は「筋力を維持・強化すること」「関節の安定性を確保すること」「動く範囲を広げること」を目的に行われ、痛みが軽減して日常生活における歩行や動作の支障を改善することにつながります。

股関節に痛みがあると歩くことがおっくうになるなど、股関節を動かす機会が少なくなりがちです。また、痛みは股関節周辺の筋肉を弱くする原因ともなりますので、ますます股関節を動かしにくくなってしまいます。股関節への負荷の少ない姿勢や立ち上がり方・座り方など、日常生活の注意を守りながら、運動療法を治療の基本として続けなければなりません。

ただし、痛みが強い場合は股関節に炎症が起こっている状態です。炎症がある状態で運動を行うと、炎症が悪化して変形性股関節症がますます進行してしまうおそれがあります。まずは、消炎鎮痛剤を使った薬物療法で炎症を抑え、安静にするようにしましょう。

しかし、痛みがまったくなくなるまで安静にしていると、股関節周辺の筋肉などが硬くなってしまって予後が悪くなる傾向にあります。運動を始める時期は、整形外科を受診して主治医と相談したうえで決めるようにしましょう。消炎鎮痛剤で痛みの軽減を実感できるようになったら、毎日少しずつ股関節を動かすようにしてください。痛みがあっても股関節に体重をかけて歩けるようになったら、主治医と相談したうえで運動療法に取り組んでみましょう。

保存療法として、私は「股関節の炎症を取りながら、リハビリ訓練で股関節・骨盤・脊椎(せき つい)の状態を最大限によくする」という方法を採ります。この方法によって多くの股関節痛は完治できると考えています。具体的におすすめする方法としては、姿勢を矯正する「骨盤セルフ調整」「かかと着地歩行」と、股関節周辺の筋肉を強化する「ヒップリフト」「()(じょう)(きん)エクササイズ」が挙げられます。

骨盤と背骨の位置も症状の改善には重要で股関節痛が軽減してジョギングもできた

「骨盤セルフ調整」と「かかと着地歩行」は、どちらも傾いた骨盤の位置を調整することが目的です。変形性股関節症が進行すると、股関節の痛みを抑えようとして前かがみの姿勢になることが多く、骨盤が傾いている状態が継続してしまいます。骨盤が傾いた状態が続くことで、脊椎も前のめりになってしまい、さらに骨盤の傾きが戻りづらくなります。

骨盤が傾いた状態では、お(しり)のほうにある筋肉を引き伸ばし、骨盤前面の筋肉を硬直させてしまいます。すると、股関節の可動域が制限されてますます動けなくなり、変形性股関節症の改善が難しくなるのです。

脊椎を支えるのは骨盤であり、骨盤を支えるのが股関節です。股関節と脊椎は相互に作用し合っていて、一方が悪くなるとさらにもう一方も悪くなるという悪循環に陥りやすくなります。私は、変形性股関節症の患者さんを診察する際、股関節・骨盤・脊椎の3ヵ所すべてを必ず確認するようにしています。

骨盤セルフ調整を行っても、最初はあまり思うように骨盤が動かないかもしれません。毎日少しずつ取り組んで骨盤が正しい位置になるように努めましょう。最終的には、ずっと骨盤が正しい位置にあるのが理想です。

また、ウォーキングはリハビリで最も有効な運動です。骨盤が正しい位置にある状態でウォーキングをすれば、生活の質が高まることが期待できます。

骨盤の位置を正すことと並行して、股関節を支えるお尻の筋肉を強化したり、固まってしまっている骨盤前面の筋肉を柔軟にしたりすることも大切です。手軽にできる運動として「ヒップリフト」と「梨状筋ストレッチ」をご紹介しましょう。

筋肉が伸びやすいのは、血流がよくなっているお()()上がりです。私は運動するタイミングとして、毎日の朝・お風呂上がり・就寝前の3回をおすすめしています。最初からすぐに3回行うのではなく、最初は少ない回数から始めて少しずつ回数を増やすよう意識しましょう。何よりも、毎日継続して取り組むことが大切です。

最後に、私のクリニックに来院してリハビリに取り組み、顕著な改善があった患者さんの例をご紹介しましょう。

私の外来を受診したAさん(40代・女性)が「他院で人工関節をすすめられましたが、ほんとうにそれしか方法はないでしょうか」と質問されてきました。Aさんは20代から股関節の痛みと動かしにくさを自覚していたものの、よくなったり悪くなったりの繰り返しだったそうです。ところが、最近になって股関節の痛みが増し、ご主人と共通の趣味であるジョギングができなくなったとのこと。歩行にも障害が出てきたため、近くの総合病院を受診したところ、変形性股関節症と診断されて手術をすすめられたそうです。

Aさんは股関節に痛みを覚えながらも手術に対して恐怖心があり、ほかの治療法を求めていました。診察室に入ってきたAさんは、足を引きずるようにして股関節をかばうために変な歩き方が癖になっている様子でした。また、実際にAさんの股関節周辺を触診したところ、ガチガチに硬直した状態で、レントゲン検査では病期が進行期と判明しました。

私はAさんに股関節の状態と治療法を説明し、まずは炎症を取るために消炎鎮痛剤を処方して温熱療法やマッサージなどの物理療法を行い、痛みがらくになってきた段階でリハビリ訓練を開始するように伝えました。

まず家で行うストレッチとして、ガチガチに硬直した股関節周りをほぐすための「梨状筋ストレッチ」を、さらに骨盤の動きをよくするために「骨盤セルフ調整」をAさんに指導。少しずつ股関節周辺のこりがほぐれてきたタイミングで「かかと着地歩行」に取り組むようにすすめました。ウォーキングは一日十五分までのかかと着地歩行を行うように指示したところ、3ヵ月後には歩き姿が見違えるほどよくなったのです。

最終的には趣味のジョギングも可能になったAさんは、無事に手術を回避することができました。Aさんは「痛みが軽減して、周りの人から姿勢がよくなって若返ったといわれました」とうれしそうに話してくれました。

どんな保存療法も、早めに取り組めばそれだけ効果が高まります。変形性股関節症も例外ではありません。保存療法が効果的であれば、最後まで人工関節置換術を避けることも可能です。股関節に少しでも違和感があったら、すぐにお近くの整形外科を受診するようにしてください。