ももたろう痛みのクリニック院長 高原 寛
帯状疱疹で深刻な痛みは「前駆痛」「急性痛」「慢性痛」に分類され遷延化に要注意
帯状疱疹は、皮膚に赤い斑点と小さな水ぶくれが帯状に出現する病気です。帯状疱疹は水ぼうそうウイルス(水痘・帯状疱疹ウイルス)と切っても切れない関係にあります。水ぼうそうといえば、主に10歳以下の子どもがかかる病気です。ウイルスによる感染症で、2~3週間の潜伏期間を経て発症し、赤い発疹や発熱などの症状が現れるのが特徴です。
幼少期に水ぼうそうに一度かかると、その後に再発することはまれです。しかし、水ぼうそうのウイルスが体から消えてしまうわけではなく、「神経節」と呼ばれる神経の細胞そのものに潜伏しています。
水ぼうそうのウイルスは、栄養不足や解毒不足、睡眠・運動不足、仕事・家庭のストレス、加齢による免疫力低下などによって再活性化し、神経線維を通じて皮膚に出てきて赤い斑点と水ぶくれを形成します。これが、帯状疱疹です。
一般的に皮膚が赤みを帯びて盛り上がり、続いてその上に水ぶくれが現れます。水ぶくれの大きさは粟粒から小豆大で、真ん中がヘソのようにくぼんでいるのが特徴です。初めの数日間は新しい水ぶくれが増えつづけ、その後はかさぶたになって乾燥し、通常は2週間~1ヵ月で自然に治ることが多いものの、養生や治療が遅れると遷延化(病状が長引くこと)しやすいので早めの対処が必要です。
中には、発赤や水ぶくれなどの表面的な皮膚症状がほとんど見られず、ウイルスによって侵された支配神経領域の疼痛のみが発症し、神経痛などの症状が持続するケースもあるので要注意です。また、顔面にある三叉神経に帯状疱疹が生じると、角膜炎や網膜炎などを引き起こし、視力低下や失明に至ることもあります。
水ぼうそうのウイルスは休眠状態で神経節にとどまるため、感染状態が一生涯続くとされています。かつて帯状疱疹はいったんかかると生涯二度とかからない病気とされていましたが、ウイルスの再活性化による症状は初回の感染時とは異なることがあり、何年も経過して再発することもあります。
帯状疱疹の自覚症状として多くの患者さんが「痛み」と「かゆみ」を訴えられます。その中でも、特に問題になるのは「痛み」です。
痛みには、皮膚症状が出現する前に起こる「前駆痛」、皮疹が出現している時に起こる「急性痛」、皮疹が治癒した後も続く「慢性痛」があります。
「前駆痛」は皮膚症状が出る前に現れる痛みで、水ぶくれが現れる前から神経細胞で増殖したウイルスが神経を損傷するために起こるといわれています。神経症状は皮膚症状が現れる数日前から起こることが多く、2週間以上前から起こるケースや、痛みを感じないケース、痛みだけで皮膚症状が現れないケースもあります。
帯状疱疹後神経痛は数年も持続して生活の質を低下させアロディニアも起こる
前駆痛は比較的軽い痛みであることが多い一方で、小さな水ぶくれが出てからの「急性痛」は耐えがたいほどの激痛になることが少なくありません。痛みのピークは皮膚症状が出はじめてから10日目辺りです。
多くの場合、皮膚の水ぶくれが治るにしたがって、急性痛は消えていきます。しかし、皮膚症状が消えてからも痛みだけが残り、「慢性痛」となることがあります。
慢性痛は「帯状疱疹後神経痛(PHN)」といわれ、1~3ヵ月で消えることもありますが、痛みが数年以上持続して、患者さんの生活の質(QOL)を著しく低下させることもあります。帯状疱疹後神経痛の症状は多彩で、「焼けるような、締めつけられるような持続性の痛み」や「ズキンズキンする、うずくような痛み」、軽い接触だけでも痛む「アロディニア」と呼ばれる痛みなどが混在しています。
アロディニアは、通常では痛みとして認識されない程度の接触や軽微な圧迫、寒冷などの非侵害性の刺激が痛みとして認識されてしまう感覚異常のことです。皮膚に存在する痛みを感じるセンサーの刺激性が増しているなどの変化が起こっていると考えられています。
前駆痛や急性痛は、主に神経の炎症による痛み(侵害受容性疼痛)ですが、帯状疱疹後神経痛は傷ついた神経が過剰な興奮を起こすことによる痛み(神経障害性疼痛)であり、この2つの痛みは発症のしくみが異なります。
帯状疱疹に罹患した60歳以上の人の2割は後神経痛を発症し2年以上も痛みが残る
帯状疱疹に罹患した症例のうち、80歳以上では30%、60~65歳では20%が帯状疱疹後神経痛を発症すると報告されています。帯状疱疹を発症した患者さんの中で、15%は2年以上の痛みが続き、6%は激痛が4年後も残る場合があります。
帯状疱疹後神経痛への移行の主な危険因子は、次の5点が挙げられます。
●高齢
●疾患や薬剤による免疫抑制状態
●前駆痛(先行痛)の存在
●強い急性期痛
●重症皮疹
帯状疱疹のなによりの対処法は、早期発見・早期治療です。帯状疱疹は、発症から72時間以内に治療を受けられるかどうかで、予後が大きく変化します。早期に治療を受けて抗ウイルス薬を服用することで、発疹や痛みの改善、帯状疱疹後神経痛を防ぐ確率を高めることができます。
抗ウイルス薬を服用する際に重要なのが、勝手に飲むのをやめないことです。皮膚症状や痛みなどが治まったとしても、体内のウイルスの活性が完全に抑えられているとは限りません。医師の指示を守り、最後までしっかり飲み切るようにしてください。
また、帯状疱疹を予防する方法として、私がおすすめしているのが「帯状疱疹ワクチン」の接種です。現在、帯状疱疹ワクチンには「生ワクチン」と「不活化ワクチン」の2種類があります。生ワクチンは接種が1回ですみ、費用も比較的安価というメリットがあります。不活化ワクチンは生ワクチンに比べると高価で2回接種しなければならず、接種部位が痛んだり、頭痛などの副反応が出たりするというデメリットがあります。しかし肝心の予防効果は、生ワクチンが約50~60%なのに対し、不活化ワクチンは90%以上とされております。また、不活化ワクチンは帯状疱疹を発症しやすいといわれながらも、生ワクチンが接種できなかった免疫抑制状態・免疫不全の方でも接種が可能という大きなメリットがあります。自治体によっては50歳以上の接種に補助金を交付するところもあるようですので、ぜひ検討してみてください。
帯状疱疹による激痛を経験し痛みに寄り添う診療をしながら「痛みの休暇」を提案
「医者の不養生」といわれてしまうかもしれませんが、私は麻酔科の勤務医として病院で働いていた2012年に帯状疱疹を患いました。免疫力が急激に低下するようなきっかけは特に思い当たらなかったのですが、「帯状疱疹はがんのゼロ期」ともいわれます。がんも帯状疱疹と同様に早期発見・早期治療が非常に大切なため、がん検診を一通り受けて問題ないことを確認しました。
帯状疱疹の激痛は右の肩甲骨から右腕全体に出ていて、2日ほどで発疹が出てきたので、すぐに治療を受けました。私の場合は眠れないほどの激痛があり、抗ウイルス薬と疼痛治療薬のリリカ(プレガバリン)を少量服用しました。痛み自体はあまり変化がなかったのですが、薬を服用したおかげで夜眠れるようになり、気持ちが前向きになりました。
その後、消炎鎮痛薬を併用したところ相乗効果があり、徐々に快方に向かいました。幸い、帯状疱疹後神経痛にならずにすんでいますが、今でも帯状疱疹で味わった激痛は忘れることができません。
帯状疱疹の激痛を身をもって経験した私のクリニックでは、患者さんの状態をきめ細かく診察しながら、抗ウイルス薬や消炎鎮痛薬と併用して、神経ブロック療法を提案しています。神経ブロック療法とは、神経や神経の周辺に局所麻酔薬を注射して、痛みをなくす方法です。麻酔薬が神経に作用し、痛みの伝わる経路をブロックすることで、痛みを取り除きます。また、痛みが緩和されることで血流がよくなり、筋肉のこわばりもなくなります。
神経ブロック療法のもう1つの利点は、痛みを一時的にでも遮断できることです。私は、これを「痛みの休暇」と呼んでいます。痛みで異常な緊張が高まっていると、自律神経の交感神経も亢進して血流が悪化してしまい、回復に必要な物資が患部に届きません。そうなると余計に治りにくくなります。そこで、痛みの休暇を設けて一時的にでも痛みを遮断してあげることで異常な緊張が緩和され、自律神経のバランスの正常化につながります。1週間ごとに痛みの休暇を作って繰り返すことで、帯状疱疹は徐々に快方に向かうでしょう。
私が特に伝えたいのは、「諦めずに治療を続けてほしい」ということです。1つの治療法や薬が合わなかったとしても、別の方法を試したら帯状疱疹が改善するかもしれません。主治医に積極的に相談し、二人三脚で治療に取り組むことをおすすめします。