福島県立医科大学医学部基盤連携型医療サービス共創学講座准教授、TMクリニック麹町院長 谷田部 淳一
高血圧は心筋梗塞など循環器疾患の原因で人生を謳歌するには減塩がなにより大切
高血圧に対する生活習慣の改善項目として「減塩」が挙げられることは、多くの方がご存じだと思います。しかしながら、医療機関で高血圧と診断されても自覚症状がほとんどないため、減塩の必要性を感じにくいことも確かです。減塩をせずに放置していると、血管の老化である動脈硬化が静かに進み、ある日突然、心筋梗塞や脳卒中、慢性腎臓病といった重篤な合併症を引き起こすおそれが高まるのです。
塩分過多の食生活が心筋梗塞や脳卒中といった循環器疾患のリスクを高めることは、疫学調査でも報告されています。がんや循環器疾患の既往がない約9万人を(45~74歳)対象にした多目的コホート研究(JPHC研究)では、ナトリウム(塩分)を多くとった人は、摂取量が最も少ない人に比べて循環器疾患は1.19倍、脳卒中は1.21倍発症しやすいことが分かっています。
心筋梗塞や脳卒中、慢性腎臓病は発症すると完全な機能回復が望みにくく、取り返しがつきません。後悔しない人生を送るための第一歩が「高血圧治療の基礎として行う減塩」といえます。合併症を未然に防いで健康寿命を延ばし、老後の人生を謳歌するためにも、適切な高血圧の対策は欠かせないといえるでしょう。
食塩の過剰摂取によって起こる高血圧の対策を講じるには、血圧について正しく知る必要があります。血圧は「血管壁に与える血液の圧力」のことで、心臓から拍出される血液量(心拍出量)と末梢血管における血液の流れにくさ(末梢血管抵抗)によって決まります。すなわち、血圧は「心拍出量×末梢血管抵抗」という数式で算出できます。
心拍出量には、食塩の過剰摂取や腎機能の低下が大きく関わっています。血液中に食塩の元になっているナトリウムが増えると、体液濃度を一定に保つ機能が働き、のどの渇きを覚えて水分をとるようになります。その結果、補給した水分の量だけ血液量である心拍出量が増加し、血圧が上昇するのです。腎機能に異常があると、水やナトリウムの排出が滞りやすくなり、血圧が高い状態が続いてしまいます。一方、末梢血管抵抗の増加には、動脈硬化によって血管内腔が狭くなることや血管の調節機能の低下が影響しています。
血圧には、収縮期血圧(最高血圧)と拡張期血圧(最低血圧)があります。心臓は収縮と拡張を繰り返してポンプのように動くことで、血液を全身に送り出しています。心臓が収縮した時の動脈内圧力が最高血圧です。短い時間で血液が送られるため、血管壁にかかる圧力が最も高くなります。血管の老化である動脈硬化が進行すると血管が硬くなって弾力性が失われ、最高血圧が高くなる傾向があります。
一方、収縮した心臓の中に血液が再び送り込まれ、心臓が拡張して元の大きさに戻る時の動脈内圧力が最低血圧です。大動脈にたまっている血液のみが血管に送り出されるため、血管壁にかかる圧力は最も低くなります。
成人の正常血圧は、最高血圧が120㍉未満かつ最低血圧が80㍉未満です。最高血圧が140㍉以上または最低血圧が90㍉以上を高血圧と定義しています。現在、日本には約4300万人の高血圧患者さんがいると推定されていますが、そのうち血圧がきちんとコントロールされているのは約1200万人しかいないといわれています。残りの約3100万人のうち、約1400万人は自分が高血圧であることを知らず、約450万人は高血圧を自覚しているものの減塩や服薬を行わず、約1250万人が減塩や服薬を行っていても目標値に達していない人たちです。
食塩の摂取量を抑える工夫として、次の方法が挙げられます。
●カツオ節やコンブなどダシを利かせた味つけにする
●麺類のスープを飲み干さずに残す
●しょうゆはかけずにつけて使う
●香辛料やハーブを活用する
●加工食品を控える
●汁物は具だくさんにする
●ピクルスを漬物の代わりにする
●減塩調味料を使う
●栄養成分表示を確認する
●カラフルなお弁当を選ぶ
これらの減塩の工夫を実践すると、早ければ1週間ほどで味覚が薄味に慣れはじめます。その結果、日常的に食塩摂取量を減らすことが可能になり、日本高血圧学会が推奨する1日6㌘未満を維持できるようになるでしょう。
減塩以外で高血圧を改善する方法として、カリウムの摂取があげられます。野菜や果物、豆などに含まれるカリウムは尿へのナトリウムの排出量を増やすため、血圧の低下に役立ちます。
近年、ナトリウムとカリウムの摂取バランスを表す指標として、ナトリウム・カリウム比(ナトカリ比)が注目されています。ナトカリ比の数値が低いと、食塩摂取量が少なく、野菜や果物などに多く含まれているカリウムをたっぷりとっているといえます。一方、ナトカリ比の数値が高いと、食塩摂取量が多く、カリウムを多く含む野菜や果物の摂取量が不足しているといえます。ナトカリ比が低ければ低いほど、高血圧のリスクは低下すると考えられています。
また、高血圧と診断されて降圧薬を服用している患者さんから「薬を飲み忘れた時の対応」についてよく質問されます。最新の降圧薬は体内に有効成分が約3日間残るものもあります。そのため、1日くらい飲み忘れても問題ありませんが、思い出したらその日のうちに内服しましょう。そのうえで翌日から忘れずに降圧薬を服用すれば大丈夫です。
健康診断で高血圧と診断された時は驚くかもしれませんが、減塩に取り組んで健康な体を取り戻すチャンスととらえることもできます。高血圧専門医として強く伝えたいのは、「減塩に取り組むことは本人だけにとどまらず、家族を病気から守ることにもつながる」ということです。高血圧と診断されたら、減塩に取り組むことを身近な人と共有しましょう。家族や地域で減塩の輪が広がれば、日本全体で血管障害によって起こる病気を防ぐことにつながるでしょう。