日本先進医療臨床研究会代表 小林 平大央
生命誕生のときから存在する、全生命体のエネルギー発生に不可欠なアミノ酸
今回ご紹介する「5-ALA」は、すべての生命体のエネルギー発生に不可欠なアミノ酸で、生命の誕生時から存在するといわれています。5-ALAは、1950年代に米国コロンビア大学のデイビッド・シェミン博士が主に動物細胞内の合成経路である5-ALAのC4経路を発見したことで注目を集めました。ただ、当時の合成法は非常に複雑で5-ALAが高額だったため、なかなか研究は進展しませんでした。
この問題を解決したのが、日本人科学者の田中徹先生らが開発した微生物発酵法による5-ALAの大量生産でした。味噌や醤油造りなど、日本のお家芸とも呼べる微生物発酵法は、遺伝子組み換えを行わずに誰もが安心して利用できる技術です。
それを契機にさまざまな分野で5-ALAの研究は爆発的に発展し、世界的な広がりを見せます。特にガンの診断や治療、遺伝性疾患(ミトコンドリア病、小児難病など)、神経変性疾患(アルツハイマー型認知症、パーキンソン病など)、感染症(マラリア、新型コロナウイルス感染症など)での医学応用が急激に進んでいます。
5-ALAには食品区分の「5-ALAリン酸塩」と医薬品の「5-ALA塩酸塩」があります。微生物発酵法で生産される5-ALAリン酸塩は、厚生労働省によって食品と認定され、サプリメントやスキンケア製品として販売されています。
5-ALAはもともと生体内に存在するアミノ酸で、ミトコンドリア内で作られます。5-ALAが8つ集まったものに鉄イオンが結合してヘモグロビンの元であるヘムが作られます。ヘムは、ヘモグロビンとなって酸素を運ぶ以外にも、毒物の分解や病原菌の攻撃など、生命活動に不可欠な役割を担っています。
マウス実験で5-ALAを摂取させたところ、驚くべきことにミトコンドリアでの呼吸鎖複合体の活性、つまりエネルギーを生み出す力が向上していることが発見されました。呼吸鎖複合体は食物由来のエネルギーをプロトン勾配(水素イオンの濃度差)に変え、ATP(アデノシン三リン酸)というエネルギー物質を生み出す働きを持っています。5-ALAには、生命活動のエネルギー源であるATPを増やす作用があったのです。
また、別の動物実験では、5-ALAを投与することでミトコンドリアそのものが細胞内で増えることも発見しました。ミトコンドリアはエネルギーを作る重要な器官である一方、異常をきたすと生体に有害な状態を引き起こす諸刃の剣といえます。多くの疾患の原因をたどるとミトコンドリアの機能不全や異常活動に行きつくことが多いため、5-ALAによるミトコンドリア活性・増殖効果が疾患の治療に応用できないか、特にミトコンドリア病や神経変性疾患、認知症などで多くの研究が行われています。
人間の体内での5-ALAの合成は17歳でピークを迎え、それ以降は徐々に減少していくことが分かっています。この合成能力が大幅に低下する高齢期に生体内の各所でエネルギーが不足し、さまざまな病気、特に老化疾患が発症することが明らかになってきました。
老化に伴って発症する病気の筆頭といえば、ガンです。加えて、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患、糖尿病・高血圧・高脂血症などの生活習慣病が挙げられます。それとは逆に、幼少期から発症する遺伝性疾患のミトコンドリア病や小児の難病などにも、5-ALAの不足が関わっていることが判明してきました。
5-ALAはガン診断と治療の両面で大きな役割を果たしはじめています。5-ALAからヘムへの合成の途中で「プロトポルフィリン」という物質ができます。プロトポルフィリンは青い光を当てると赤い光を発光する特徴があり、この特徴がガン診断に大きな役割を果たすのです。
ガン細胞の多くはヘムを作るしくみに異常があるため、5-ALAを投与してもヘムを合成できず、ヘムの前駆体であるプロトポルフィリンのまま大量に保持します。そこに青い光を当てると、ガン細胞だけが赤く光るのです。この性質はがん研究所有明病院が保持する39種類のガン細胞すべての実験で確認されました。そして、この性質を利用した薬剤がすでに承認され、2013年に脳腫瘍、2017年に膀胱ガンが手術中の診断薬として保険収載および実用化されています。
5-ALAを使って手術中に肉眼では見分けにくいガンを判別する方法は「光線力学診断(ALA‐PDD)」と呼ばれ、現在も多くの部位のガンの手術中の診断に応用できないか研究が行われています。また、プロトポルフィリンは、光を浴びると活性酸素という細胞にとって猛毒となる物質を生成することも知られています。この性質を応用して、手術中に5-ALAを投与してプロトポルフィリンを大量に保持したガン細胞に光を当てて選択的に死滅させる「光線力学療法(ALA‐PDT)」が注目されています。
光線力学療法は日本ではまだ承認された治療法ではありませんが、医師主導の臨床研究など、いくつかの医療機関で治療が行われています。さらに、欧米では、白人に多い皮膚ガンやその前症状である日光角化症がたいへん恐れられており、これらに対して治療効果が高い5-ALAが盛んに用いられています。
原則として、手術を伴う光線力学療法は体に大きな負担をかけるため、高齢者や進行度の高いガン患者さんには適応とならないケースもあります。また、膵臓ガンなど、体内深部に腫瘍がある場合は光が届かないという弱点もあります。
こうした弱点を克服するため、手術に比べて体への負担が少なく体内深部まで影響が届く低線量の放射線治療や「ハイパーサーミア」という温熱療法と5-ALAを組み合わせる治療法も考案されています。5-ALAの摂取と他の治療法との併用による増感作用によって、ガンの治療効果が通常の2倍以上になることが確認されているのです。
日本先進医療臨床研究会ホームページ