プレゼント

近未来の標準検査と期待されている「CTC(循環ガン細胞)検査」

がん治療の進化を目撃せよ!

日本先進医療臨床研究会代表 小林 平大央

世界に普及しつつある難治ガンの治療戦略と効果判定に有用な先端検査「CTC検査」

[こばやし・ひでお]——東京都八王子市出身。幼少期に膠原病を患い、闘病中に腎臓疾患や肺疾患など、さまざまな病態を併発。7回の長期入院と3度死にかけた闘病体験を持つ。現在は健常者とほぼ変わらない寛解状態を維持し、その長い闘病体験と多くの医師・治療家・研究者との交流から得た予防医療・先進医療・統合医療に関する知識と情報を日本中の医師と患者に提供する会を主催して活動中。一般社団法人日本先進医療臨床研究会代表理事(臨床研究事業)、一般社団法人ガン難病ゼロ協会代表理事(統合医療の普及推進)などの分野で活動中。

ガン治療の現場で世界的に普及し、非常に有用とされる検査に「CTC(循環ガン細胞)検査」があります。 CTC検査は、ガン治療中の経過検査やガン発症前のスクリーニング検査として、ガン患者やその疑いのある方の血液から血液中を循環しているガン細胞を直接捕まえて数や性質を調べる検査方法です。

米国では「セルサーチ法」という CTC検査がガン診断に有効な血液検査としてFDA(米国食品医薬品局)によって承認されています。セルサーチ法はガン細胞にマーカー(標識=目印)を付け、主に血液中に流れるガン細胞の数を測る検査です。

現状、5㍉以上の大きさにならないとガンを発見できないCT(コンピューター断層撮影)検査やMRI(磁気共鳴断層撮影装置)検査などの画像検査と比べ、 CTC検査は早い段階で微細なガンの発見が可能です。そのため、超早期のガン発症・再発・転移の予見に有効と考えられています。

また、 CTC検査にはいくつかの種類があり、セルサーチ法よりも高精度な CTC検査も開発されています。特に注目されている方法が「微小流路デバイス法(Microfluidic Chip)」という新方式による CTC検査です。

微小流路デバイス法による CTC検査はセルサーチ法の欠点を補うために開発された検査法で、米国セルシー社とジョンズ・ホプキンズ大学および日本遺伝子研究所の共同研究で開発されました。5万6000個以上の微小な穴を空けたデバイスに血液を通すことでガン細胞を直接捕捉する検査方法です。セルサーチ法の循環ガン細胞の捕捉率が約61%であるのに対して、微小流路デバイス法の捕捉率は90%以上と、極めて高感度であることが示されています。

さらに、微小流路デバイス法による CTC検査は、ガン細胞の数を測るだけでなく、ガン細胞の表面マーカーを調べることが可能です。つまり、手術や細胞採取をする前にガンの性質を調べる「プレシジョン・メディシン(精密医療)」が行えるのです。プレシジョン・メディシンとは、抗ガン剤や分子標的薬などの化学療法の治療前にガンの性質を遺伝子レベルで解析し、ガンの性質に応じた効果の高い治療法を選択するオーダーメード医療のことです。

これまでの一般的なガン治療では、医療ガイドラインに沿って過去の医学研究や治療実績によって統計的に効果が高いとされる抗ガン剤や分子標的薬を順番に使う方法が一般的でした。しかし、〝統計〟とは〝平均〟という意味です。平均的に効果が高い抗ガン剤があなたに効くとは限りません。

遺伝子レベルでは、ガンにはそれぞれ特徴があります。例えば、オプジーボやキイトルーダなどの免疫チェックポイント阻害剤が開発されるまで、難治性の進行ガンとされてきたガン細胞に「PD-L1遺伝子マーカー」が多く発現しています。

血液が微小流路デバイスを流れる様子

このタイプのガンはリンパ球などの免疫細胞からの攻撃を避けるためにガン細胞表面に PD-L1マーカーを発現しますが、免疫チェックポイント阻害剤が開発され、さまざまな治療法との併用などによって治療効果が改善しています。そこで、このタイプのガンには、免疫細胞の働きにブレーキをかけているたんぱく質であるPD-1と PD-L1の結合を阻止する抗PD-1抗体薬や抗 PD-L1抗体薬を選択するという戦略を検討することができます。

また、難治性ガンの最大の要因といわれる転移ガンに特徴的に発現する(かん)(よう)(けい)転移ガン細胞の「ビメンチン(Vimentin)」という遺伝子マーカーも測定可能です。ガンは最初に発生した原発巣から周囲組織に広がる(しん)(じゅん)やリンパ節・他臓器への転移によって病状が進行すると、手術や放射線治療が適応できなくなり、残る治療手段は抗ガン剤など薬物療法のみとなって生存率が大幅に低下してしまいます。

この〝転移〟という現象に深く関わるのが「(じょう)()(かん)(よう)(てん)(かん)(EMT)」という現象で、有効な遺伝子マーカーがビメンチンなのです。そのため、ビメンチンの測定はガンの転移・治療の重要な指標となっています。

CTC検査によってビメンチン陽性が確認されたガンは、すでに体内で転移が始まっている可能性が高いことが分かっています。そこで、局所の手術や放射線治療と組み合わせて薬物療法などを実施し、体内の転移ガンを掃討するという治療戦略が立てられます。

また、 PD-L1やほかの遺伝子マーカーを追加して測り、さまざまな治療薬や治療法を併用することも可能になります。つまり、これらの遺伝子マーカーの存在が治療前から分かっていれば、治療法の選択が変わってくるのです。これからのガン治療では、 CTC検査など有用な先端検査のデータをもとに、医師と患者が情報を共有したうえで最も効果が高いと思われる治療法を選択するということが一般的になってくると思われます。

プレシジョン・メディシンは米国オバマ大統領の時代に遺伝子解析技術が進んだことで始まった治療法です。しかし、ガン遺伝子の解析検査の費用が非常に高かったことや、手術や細胞採取によってガン組織を採取した後でないと行えない点などが問題となり、これまで日本ではあまり普及していませんでした。

しかし、微小流路デバイス法による CTC検査の費用が10万円程度と大幅に安くなったことをはじめ、これまでにない安価なプレシジョン・メディシンの提供が可能となってきました。今後、こうした安価な CTC検査が開発されれば、日本でもプレシジョン・メディシンが普及していくと思われます。手術や抗ガン剤などの治療前から有効な治療法の選択肢を提示できる CTC検査の普及は、多くのガン患者にとって福音となることでしょう。