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転倒予防靴下が地域振興の役に立てれば幸いです

ニッポンを元気に!情熱人列伝
株式会社コーポレーションパールスター代表取締役 新宅 光男さん

超高齢社会を迎えた日本で大きな問題になっているのが、寝たきり状態を招く危険性の高い〝転倒〟です。高齢者の3人に1人が転倒するといわれる中で「転倒予防靴下」を開発した新宅光男さん。健康維持に役立つ靴下開発に取り組んだきっかけは1本の万年筆でした。

愛用していた万年筆のしくみから冷えない靴下ができました

[しんたく・みつお]——1948年、広島県東広島市生まれ。2004年、糖尿病患者のための「あぜ編み靴下」を開発。凹凸状態に編むあぜ編みの技術で保湿性を維持し、糖尿病患者の足の冷えの悩みを解消した。2006年、あぜ編み技術を応用した「転倒予防靴下」を広島大学と共同開発。高齢者の転倒を予防する画期的な靴下として注目を浴びている。

「近くにある県立安芸津あきつ病院の理学療法士さんが来社され、『患者さんのために、綿の靴下が作れないか』と依頼されたんです。なんでわざわざ綿でなければならないのかと、最初は疑問を抱きました」

そう話すのは、広島県東広島ひがしひろしま市安芸津町にある株式会社コーポレーションパールスターの代表取締役、新宅光男さんです。株式会社コーポレーションパールスターは、百年以上にわたって靴下などの日用品を作りつづけている老舗しにせ企業です。

2001年のある日、新宅さんは広島県立安芸津病院の理学療法士から、綿だけで作った靴下の生産を依頼されました。綿である理由は、滑りにくい素材だったためでした。当初、新宅さんはすでに流通していた滑り止めが付いている靴下をすすめたそうです。

「よく軍手に付いているような、ブツブツとしたゴム状のすべり止めが付いている靴下がすでに流通していました。でも、理学療法士さんがいうには、そのタイプの靴下だと転倒事故の危険性が高まるのだそうです」

高齢の方の多くは、足を持ち上げる筋力が低下しています。すり足に近い動作で移動することが多い高齢者の方が滑り止め付きの靴下を履くと、ブレーキの役割を果たしてしまい、かえって転倒の危険が高まるのです。理学療法士の説明に納得した新宅さんは、滑りやすく保温性の高い繊維を使った靴下を製造しました。ところが、さらなる問題が生じたのです。

「保温性は高かったものの、足の裏が発汗して汗の水分が靴下の底に集まり、足全体を冷やしてしまうのです。汗による冷えは高齢者の方にとっては大きな苦痛です。特に、糖尿病患者さんからは改良の要望が多く届きました」

試行錯誤を重ねたものの、なかなか打開策が浮かばなかったという新宅さん。2002年の事務作業中、愛用していた1本の万年筆が新宅さんにヒントをもたらしました。

「この万年筆は父がくれたもので、もう51年愛用しています。当時も、この万年筆で書類を片づけていたんです。そのときふと、万年筆のしくみに疑問を持ちました。液体が自然に流れる万年筆のしくみを、靴下に応用できないかと考えたのです」

万年筆は、割れたペン先の細いすきまにインクが伝わっていく現象(毛細管現象)を利用して作られています。毛細管現象を靴下に応用するために着目したのが〝あぜ編み〟という技術でした。生地の性質を問わず、編み方の工夫で特徴的な凹凸を生み出す技術です。

あぜ編みによって生まれる生地の凹凸によって、足の裏にかいた汗が生地を伝って上へ伝わります。すると、足裏が乾燥しやすくなり、汗による冷えが軽減するのです。

「試行錯誤の末に、ようやくあぜ編みの技術を取り入れた足の冷えない靴下が完成し、糖尿病患者さんをはじめ多くの方から反響をいただきました。足の冷えない靴下を皮切りに、私たちは健康維持・増進に役立つ日用品の開発に取り組むようになったのです。あぜ編みの技術は、いまに至るまでのわが社の商品開発の基礎となっています」

試験参加者の離脱がない使いやすさに手ごたえを感じました

2006年、新宅さんに新たなる出会いがありました。義肢ぎし装具製造の関係者から「転倒を予防するために、足先が上がった状態を維持できる日用品を作れないか」との依頼を受けたのです。足先を上げて転倒を防ぐ靴や装具はすでに製品化されていました。ところが、靴や装具は長時間の着用に向かず、普及が進んでいなかったのです。

「義肢装具製造の関係者さんは、10社以上のメーカーに断られた後に私のもとを訪れたそうです。私は〝できない〟という言葉が嫌いなんです。〝能力がない〟と自分からいっているように思えて、みじめになるからです。決して自信があったわけではないのですが、できないというのが嫌で、靴下製造のプロとして取り組むことにしました」

半年間の試行錯誤を経てようやく試作品を作り上げた新宅さんは、展示会に出展して反応を確かめました。すると、「装具の力を持つ日用品を待ち望んでいた。私が求めていたのはまさにこれだ!」という声が多くの専門家から寄せられ、高い評価を得ることができたのです。

転倒予防靴下のしくみ:新宅さんが開発した靴下は、生地の性質を問わずに凹凸ができるあぜ編み技術を用いており、さらに指先が自然と上がるしくみになっている

「広島大学と共同で研究・開発を進める中で、転倒予防に対して高い有効性を示す結果が続々と出てきました。特に、片足にマヒが生じている患者さんの歩行能力が向上した点は私自身も驚くほどの成果でした」

さらに、県立安芸津病院と共同で行われた試験では、17人の参加者全員が18ヵ月間にわたって転倒ゼロを達成。歩行速度・歩幅・バランス力の平均値が有意に改善していることも判明したのです。中でも、新宅さんが何より喜んだのは、17人全員が途中で離脱することなく試験を継続できた点でした。

「靴下にしても装具にしても、使用者が日常的に使わなくなったら、どれだけ効果があっても無意味です。その中で、試験参加者全員が最後まで協力してくれたという事実は、使いやすさという点でも大きな手ごたえを得ることができました」

安芸津町では町内の4ヵ所に「転倒予防の発信地、あきつ町‼」と記された看板が立っている

新宅さんが転倒予防に対して取り組む中で、周囲にも大きな変化が生じました。県立安芸津病院が転倒予防の活動に取り組むようになったのです。さらに、町内の4ヵ所に「転倒予防の発信地、あきつ町‼」と記された看板が立ち、転倒予防が東広島市安芸津町の町ぐるみの活動として受け入れられるようになりました。

高品質を維持するために社内一貫製造に強くこだわっています

足先を上げることで転倒を予防するという考えは、新製品「むくみ対策靴下」の開発にもつながりました。足の指先が上がると、ふくらはぎの筋力強化にもなります。ふくらはぎは「第2の心臓」とも呼ばれ、下肢かしの血液を心臓まで送り返すポンプの働きをしています。ふくらはぎの筋力強化は下肢のポンプ機能の改善につながり、むくみの改善や血液・リンパ液の流れを促進することにもなるのです。

「一般的に、むくみやリンパ浮腫ふしゅの改善には、弾性ストッキングがすすめられます。しかし、弾性ストッキングはふくらはぎの機能を補うために、ゴムを使って強い圧迫を加えます。圧迫が強すぎると痛くなってしまうため、長時間使用できるかどうかが課題となっていたんです」

県立広島大学で行われた共同試験。健康な21人を対象にむくみ対策靴下の効果を確認した。新宅さんのむくみ対策靴下は他社製品に比べて血流速度の維持時間が長く、高い血流改善効果があることが分かる

痛みを引き起こすゴム製の弾性ストッキングに対し、新宅さんが開発した「むくみ対策靴下」はふくらはぎの運動を促進することを目的としているため、圧迫感は普通の靴下程度しかありません。弾性ストッキングの痛みに苦しんでいる方におすすめだと新宅さんは話します。実際に、県立広島大学でむくみを覚える21人の高齢者を対象とした試験では、むくみの改善が認められています。

「この頃には、私たちはただの靴下メーカーではなく、健康を維持するための日用品メーカーという意識を持つようになっていました。いまは、つえの持ち手に着ける滑り止めカバーや、滑落・転倒を防ぐシートなどを開発しています。さらに、新たに入手した新素材を使った肌着のようなコルセットは、自信をもってお届けできる仕上がりになりました」

肌に優しい新素材を使用し、さらなる商品開発に取り組んでいくと語る新宅さん。新しいものを取り入れる一方で、大切にしていることもあるそうです。

「私たちは、ずっと社内一貫製造にこだわっています。もう他社ではほとんど見られないような古い機械を新しい機械と並べて使っていますし、ミシンなどを使った手作業の部分も少なくありません。古い機械のほうが新しい機械よりも使い心地のいい編み目が作れますし、高品質を維持するには人の目を通すことがいちばんです。お使いになる方の健康を守る製品だからこそ、高い品質を維持したいと思っています」