プレゼント

安心・安全にこだわる〝博多の女将〟が作る、古くて新しい無添加醬油

ニッポンを元気に!情熱人列伝

博多の女将さん醬油 ふくしょう代表 井口 理恵さん

独特の甘みが特徴の、九州地方の醬油。醬油の街・福岡で〝博多の女将〟と呼ばれているのが、井口理恵さん。嫁ぎ先の醸造元が廃業した後、努力を重ねて完成させたのは、毎日安心して使える無添加の醬油でした。

嫁ぎ先の醸造元が廃業。老舗の味を復活させたいとずっと思っていました

[いぐち・りえ]——福岡県生まれ。22歳のときに嫁いだマルトミ醬油がバブル崩壊のあおりを受けて廃業。48歳のときに、別の醸造元の協力を得てマルトミ醬油の味を復活させることを決意し起業。現在は地元企業とのコラボレーションで作る新商品や、健康を意識した醬油の開発など、新しい醬油文化の創造に情熱を注いでいる。

私たちの食卓に欠かせない調味料の1つである醬油。日本各地には醬油を使った名物料理が数多く存在し、海外では「ソイソース」と呼ばれて、多くの人に親しまれています。

今月の「情熱人」は、福岡県で〝博多の女将(おかみ)〟と呼ばれている井口理恵さん。戦前から続いてきた醬油醸造元に嫁いだものの、4年後に廃業。子育てと両親の介護を終えた後に老舗の味の復活を志し、現在は新しい醬油作りへの挑戦を続ける井口さんにお話を伺いました。

「公務員の家庭に育った私は、22歳のときに結婚しました。公務員の家庭から商売をしている家に嫁ぐ不安はありましたが、結婚の決め手になったのは、何よりも主人の優しい人柄です。主人は不安を感じていた私に、『お店の電話番をしていればいいから大丈夫だよ』といって安心させてくれました。とはいえ、嫁ぎ先は醬油の製造だけでなく、割烹旅館も経営していたので、やるべき仕事はたくさんありました。右も左も分からないまま嫁いだ私は、(しゅうとめ)をはじめ、家族のみんなに教えてもらうことで、なんとか仕事をこなしていました」

少しずつ仕事を覚えて、家業のおもしろさが分かってきた1996年、嫁ぎ先のマルトミ醬油はバブル崩壊の影響で事業が行き詰まり、廃業を余儀なくされます。井口さんが嫁いで、わずか四年後のことでした。

「廃業後、主人は以前からお世話になっていた別の醸造元に就職しました。私は勤め人の妻となり、育児と両親の世話に専念することになりました。その後、2人の子どもを成人させて両親の介護と()()りをすませたとき、何か大きな忘れ物をしているような気がしたのです」

井口さんが心の奥に感じた忘れ物とは、結婚から4年で中断してしまった、醬油とのかかわりだったといいます。

「私が子どもの頃は、日本中のどの家庭の食卓にも置かれていたお醬油が消えはじめているんです。醬油の原料で、日本人の健康を守ってきた大豆食品の消費量も減っています。国民的調味料といえるお醬油を、昔のように広く使われるようにしたいという思いが、心の中に残っていました。毎日使えるおいしいお醬油で、皆さんを笑顔にしたい。そのためには、お醬油造りを復活させるしかないと思ったんです」

ご主人と相談した井口さんは、ご主人が勤務している醸造元に醬油の製造を依頼。先方から快く承諾してもらったものの、ご主人はあくまでも会社側の立場ゆえ、新しい醬油造りは井口さん1人の手にかかることになりました。2018年2月、こうして「博多の女将さん醬油 ふくしょう」が誕生したのです。

受け継がれた味を守りながら体に優しい無添加醬油も造りました

醸造工場の職人さんとの打ち合わせに熱が入る井口さん

「最初に取りかかったのは、日本で昔から作られていた、()(おけ)を使ったお醬油造りでした。福岡産の大豆と小麦、ミネラルがたっぷり含まれる長崎産の藻塩を材料に、木桶で2年間熟成させたお醬油は大好評で、すぐに完売となりました」

『博多の女将さん 2年熟成木桶仕込み 福しょう油』と名づけて復活を遂げたものの、翌年は悪天候によって、生産が難しくなったといいます。加えて、すべての醬油製造の1%未満という木桶を使った昔ながらの醸造も、人出不足の問題などから難しくなってしまったのです。

「そこで今度は木桶を使わずに、木桶仕込みの醬油の味を忠実に再現した本醸造や、九州ならではの甘口醬油を造ることにしました」

九州地方ではよく知られている甘口醬油は、濃口醬油の1つです。山口県以南の地域で使われる醬油はほとんどが甘口といわれ、南へ行くほど甘みが増すそうです。

「この理由にはさまざまな説がありますが、九州南部は砂糖の原産地である沖縄県から近く、手に入れやすい地域だからでしょう。ほかにも、海が多い九州地方では、新鮮な魚をうまみの熟成が進まないうちに食してしまうことから、味を補うために甘口醬油が生まれたという説もあります」

(左)原料の大豆は地元・福岡産を使用。(右)完成した「福しょう油」には、醬油への熱い想いが詰まっている

井口さんいわく、かつての日本では、多くの醬油醸造元があったそうです。一般的に醬油は白醬油・薄口醬油・濃口醬油・再仕込み醬油・たまり醬油に分類され、地域によってはさらに細かく分かれるほど、地域の風土に合った醬油が存在していたといいます。最近では大豆と小麦、アミノ酸と、砂糖に代えて甘味料(甘草・ステビア・サッカリンなど)が使われ、添加物も多く含まれているそうです。

「私は、添加物を少しでも減らした醬油を造りたいと思っています。きっかけは、あるお客様からいただいた、『添加物が入っている醬油を使うとアレルギーを起こしてしまう』という声でした。おいしいお醬油を、アレルギーの心配をせずに味わってほしいという気持ちが高まりました」

安心・安全な醬油として完成したのが、福岡県産の大豆と小麦、ヒマラヤ産の岩塩を使った醬油です。保存料と化学調味料、アルコール類をいっさい使わず、ヒマラヤ産の岩塩に含まれる鉄分やカリウム、カルシウムなどのミネラルを生かした、まったく新しい醬油。ヒマラヤ産の岩塩はくせのない味が特長で、口に入れた後から自然な甘みが口の中に広がるそうです。

伝統を守りながら新しい醤油の文化を創っていきたいです

百貨店や地域のイベントで出会ったお客さんとの会話から新製品のアイデアが生まれることもあるそう

もう1つの新商品は、水素岩塩を使った醬油です。水素岩塩とは、ヒマラヤのマグマの中で無酸素状態のまま閉じ込められ、奇跡的に水素結合した岩塩のこと。酸化した物質を元に戻す還元力が強いといわれています。水素岩塩には鉄分やカリウム、カルシウムのほかに、マグネシウムや硫黄、マンガンなどのミネラルも含まれています。水素岩塩を使った醬油は(くん)(せい)のような味わいが特長で、一度料理に使ったらクセになる人が多いそうです。

「無添加の醬油は、本醸造や甘口醤油の製造をお願いしている醸造元さんとは別の醸造元さんにお願いしています。いい醬油造りのためなら手間を惜しみません。新しい醬油造りは、私たちの想いに共感していただいている醸造元さんのおかげでもあるんです」

おいしくて安全で、健康にもなれるお醬油で、全国の家庭に笑顔を届けたい——醬油造りに人生を賭けた井口さんの夢は、さらに広がっています。

「最近は、健康食品に使われる有機ゲルマニウムの企業さんと、お醬油作りの打ち合わせをしています。有機ゲルマニウムが免疫力を高めることは科学的に実証されていますから、調味料として毎日とれば、健康維持や疾病の改善に役立つかもしれません。製品化までには時間がかかりそうですが、ぜひ実現したいですね」

井口さんの醬油はさまざまな料理に合う

日本の伝統的な調味料の醬油。先人たちから受け継がれた大切な食文化を、若い世代に伝えるのも大きな役割と話す井口さん。古くて新しい醬油造りは、始まったばかりです。