プレゼント

ハードルを受け入れてしまえば進めます

患者さんインタビュー

イラストレーター バンザイさん

悪い情報ばかりを意識して暮らす悪循環に陥っていました

[本名・中村益己]——1965年、東京都生まれ。高校卒業後、3年間漫画家のアシスタントを務めながら絵を学ぶ。その後、医療関係の出版社などで活躍する中、33歳で腎不全になり、38歳で人工透析を開始。ブログやYouTubeで人工透析に関する情報を発信している。一般社団法人国境なき腎臓病患者支援会所属。著書に『新・透析バンザイ』(NSC透析元気倶楽部)がある。

私が(じん)()(ぜん)と診断されたのは33歳のときのことでした。医師から「腎不全は治りません。数年後には(じん)(こう)(とう)(せき)を始めることになります」といわれ、大きなショックを受けたのを覚えています。もともと小学生の頃、(ぼう)(こう)(えん)が原因で腎炎を患ったことに加え、漫画家という職業がら、昼も夜もないめちゃくちゃな生活を続けていたことで体に相当負担を強いていたのでしょう。

「透析」と突然いわれても当時の私はまったく知識がなかったため、自分がこれからどうなってしまうのか不安でたまりませんでした。医師は「怖いものではありませんよ」といいますが、週3回、4時間の透析(血液透析)を受けつづけ、食事も水分も制限される生活を送ることを想像すると、絶望的な気持ちになっていたんです。

最初は透析を避けたい一心で、食事療法などに熱心に取り組みました。しかし、やがて体に毒素がたまって末期の尿(にょう)(どく)(しょう)を患うと、満足に動くこともできなくなり、38歳の頃、最終的にはみずから透析を願い出ることに……。初めて透析を受けたときは、心が深く深く海底に沈んでいくような思いでした。

当時の私は、とにかく心を病んで塞ぎ込んでいました。少しでも苦しみを和らげようと悩み抜いた末に、教会に通ったこともあります。でも、不安を払拭するには至りませんでした。そんな中、心を前向きに保つヒントを与えてくれたのは、ワラにもすがる思いで学びはじめた心理学だったのです。

例えば、心理学の世界には〝カラーバス効果〟という用語があります。これは「人は何か1つのことを意識すると、意図せずとも関連する情報ばかり収集してしまう傾向がある」というもの。悩み事はその最たるもので、当時の私はまさに腎不全や透析に関するネガティブな情報ばかりを集めていました。

一方、カラーバス効果と(つい)になる〝スコトーマ〟という心理学用語があります。これは心理的な盲点のことで「物理的には情報が入っているはずなのに、重要な情報以外は脳が取捨選択して認識できないこと」を表しています。実際、私は病気や透析のつらい部分ばかりを意識してしまい、楽しいことやうれしいことには目もくれずに過ごしていました。

つまり私は、病気に関する悪い情報ばかりにアンテナを張って暮らす状態に陥っていたわけです。心理学を学んで不安になるからくりが少し理解できると、不思議なもので気持ちがらくになるのを感じました。

大切なのは視野を広げること。いまはインターネットが発展したおかげで、透析仲間が集まるコミュニティを見つけるのは簡単です。1人で悩まないことが大切なのだと思います。

「悩み」とは「汝の闇」、自分の中にしかなく晴らすのも自分です

他人と関わることが苦手な人もいるでしょう。そんな人にぜひおすすめしたいのが「感謝リスト」です。

やり方は簡単。10分間、感謝の思いをひたすら紙に書き出していくだけです。例えば、いつも世話をしてくれる家族への感謝や、いっしょに病気と闘ってくれる病院の先生への感謝など、何でもかまいません。

ただし、実際にやってみると分かると思いますが、10分間というのは意外と長く、ものの数分でネタは尽きてしまうことでしょう。それでも、どんなにささいなことでもいいので、無理やりにでもひねり出すのが「感謝リスト」のポイント。「温かい布団(ふとん)で眠れてありがたい」とか、「今日は晴れていて気持ちがいい」とか、とにかく時間いっぱい考えてください。

どうにか10分間やり遂げてみると、ネガティブに凝り固まっていた視野が、自然に広がっていくのが分かるはず。視野が広がると、嫌なことばかりではなく、自分を取り巻く明るい話題にも目が向くようになります。

私自身、最初は半信半疑でこの「感謝リスト」作りに取り組んでいましたが、気持ちを前向きに保つ絶大な効果があることを実感しています。もちろん、こうした心理学的なテクニックだけで、すべてが解決できるわけではありません。しかし、いくら頭で考えたところで解決しようがないのであれば、受け入れる努力をすることも大切です。現状を憂えるばかりでは身も心も停滞してしまいますが、目の前のハードルを受け入れてしまえば前へ進むことができます。

実は、私は腎臓だけでなく数年前から足を悪くしてしまい、車イス生活を余儀なくされています。自分の足で歩くことのできない生活は透析以上にしんどいもので、最初は大いに悩み、落ち込みました。

でも、それも受け入れたうえで、どうすれば少しでもハッピーでいられるのかを自分で考えてみることにしました。心理学に出合えたのも、その(たま)(もの)です。最近では悩みに直面すると、映画の主人公のように「考えろ、考えるんだ!」と自分を鼓舞して遊ぶようになりました。

つまるところ、幸せとは他人にしてもらうものではなく、自分でなるものなのだと思います。どうせ病気とつきあっていかなければならないのであれば、せめて心くらいは前向きでいたほうが誰しも幸せでしょう。

教会に通っていた頃に「悩み」とは「(なんじ)(やみ)」のことだと教わったことがあります。これは言い得て妙で、確かに悩みは自分自身の中にしかないものですから、晴らすのも自分です。つらいときこそ視野を広げるよう心がけ、少しずつでも前へ進めるようにがんばりましょう。

バンザイさんが透析患者さんへのメッセージをマンガでご紹介してくれます

透析に関する悩みの解決法が満載のコミック『新「透析バンザイ」』が定価990円(税込)で好評発売中。
問い合わせ先:NPO法人 東京腎臓病協議会 ☎03-3944-4048 FAX 03-5940-9556