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大阪府立大学発!紫外線と光触媒の「工学的ウイルス対策」

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大阪府立大学研究推進機構放射線研究センター 工学研究科量子放射線系専攻准教授 秋吉 優史

新型コロナウイルスは油膜のエンベロープと遺伝子を壊すことで不活化することが可能

[あきよし・まさふみ]——2000年、東京工業大学工学部無機材料工学科卒業後、理工学研究科原子核工学専攻修了。工学博士。専門は放射線安全管理学、核融合材料工学。日本放射線安全管理学会、日本保健物理学会、日本原子力学会、日本陽電子科学会、大学等放射線施設協議会、放射線教育フォーラムに所属。

2020年2月に中国の湖北省武漢市で発見された新型コロナウイルス(COVID-19)は、アジアや欧米諸国に蔓延し、多くの感染者を出しました。日本でも非常事態宣言が出されるなど深刻な事態が続きましたが、医療従事者の方々による尽力もあり、収束が期待されています。

今回の記事では、私の専門である工学の視点をもとに、新型コロナウイルスの対策について分かりやすく解説したいと思います。

新型コロナウイルスを含むウイルスは、みずから生きるための細胞構造を持っていません。細菌と異なり、単独で生きていくことができないウイルスは、ほかの生物の細胞に寄生することで増殖します。私たちの体に、ときに甚大な被害をもたらすウイルスを撃退するには、以下の2点をふまえてウイルスを不活性化(不活化)させることが必要です。

① エンベロープ(油膜)を溶かして不活化させる

ウイルスは、その存在が「エンベロープ」と呼ばれる油の膜で包まれているかどうかによって2種類に分けられます。例えば、インフルエンザウイルスやエイズウイルスの外殻にはエンベロープが存在しますが、食中毒の原因となるノロウイルスやロタウイルスには存在しません。エンベロープは、石鹸やアルコール、熱や酸などに弱いのが特徴です。エンベロープを溶かされたウイルスは「不活化」という状態になり、感染力を失います。

新型コロナウイルスが人間の体に感染する際は、「ACE2(アンジオテンシン変換酵素Ⅱ)」という受容体と接触する必要があります。ACE2は口腔や鼻腔、目の粘膜に存在します。新型コロナウイルスが手に付着しても、そのままでは感染することはありません。 手についたウイルスが、口腔や鼻腔、目の粘膜に触れ、受容体と接触することで感染に至ります。そのため、石鹸を使って手を洗ったり、アルコール除菌液によってウイルスのエンベロープを溶かしたりする予防法が有効となるのです。

② 遺伝情報を損傷させる

ウイルスの中には、遺伝情報の伝達に必要な「核酸」という物質が存在します。私たち人間をはじめ、大部分の生物は細胞内にDNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)という2種類の核酸が存在しますが、ウイルスにはどちらか一方しかありません。さらに、コロナウイルスはRNAの鎖1本だけの「1本鎖+RNA」と呼ばれるタイプです。DNAの2重鎖のように傷ついたときの遺伝情報のバックアップがない状態で、損傷に対して弱い存在といえます。このような遺伝情報の伝達に欠かせない核酸を壊すことで、ウイルスを不活化させることができます。

強力な殺菌作用がある紫外線のUVCを活用してマスク用の滅菌ボックスを考案

このような新型コロナウイルスの特徴をふまえて、私たちは以下に挙げる2つのキーワードを生かしたウイルス対策の研究を進めています。

紫外線によるウイルス対策

紫外線は太陽光に含まれる不可視光線の1つで、波長の長いものから順に、UVA、UVB、UVCと分けられます。紫外線の大半を占めるUVA(波長400~315ナノ㍍)は、雲やガラス窓を通すほど透過性が高いのが特徴です。そのため、UVAは皮膚の真皮まで到達し、皮膚のしわやたるみの原因になるといわれています。

UVB(波長315~280ナノ㍍)は、太陽光の紫外線に5%程度しか含まれていないものの、日焼けや皮膚がんの原因となります。人間の体に対する有害度は、UVAの600~1000倍もあります。

UVC(波長280ナノ㍍未満)は、非常に強い殺菌力を持つ紫外線です。人体に対しても有害ですが、 オゾン層で吸収されてしまうため、地表には届きません。

紫外線(UVC)を使った「マスクリーナー」の試作品

私たちの研究チームでは、UVCの殺菌力を新型コロナウイルス対策に活用した「マスク用滅菌ボックス・マスクリーンS」の開発を進めています。マスクリーンの中に使用済みのマスクを入れ、特殊な蛍光灯(殺菌灯)を使ってUVCを照射すると、わずかな時間で除菌・抗菌することができます。新型コロナウイルスと同じRNA型のインフルエンザウイルスを使った実験データと、紫外線強度の実測値を元にすると、わずか12秒間の照射で1万分の1まで不活化する計算になります。コロナウイルスに対しては、インフルエンザウイルスより有効性が高いという実験データも報告されています。

紫外線を使ってウイルスに損傷を与える場合、殺菌効果のピークは、UVCの波長となる260ナノ㍍前後です。波長が310ナノ㍍以上になると、ウイルスに対する殺菌効果はほとんど発揮されません。例えば、太陽光に含まれるUVAをインフルエンザウイルスに照射した場合、100分の1まで不活化させるには約2万秒もかかります。UVBの場合は、最も紫外線が強い真夏の快晴の昼間という条件であれば、1.6時間の照射によって100分の1まで不活化が可能です。照射を3.2時間続ければ、1万分の1まで不活化させることができます。

夏を迎えるこれからの時期に、新型コロナウイルスの感染対策として日光浴や天日干しを行うのは、UVBの殺菌作用を考えれば有効といえるでしょう。紫外線が弱くなる冬になると、UVBの量が5分の1になってしまい、100分の1まで不活化させるのに丸1日程度の時間が必要になると考えられます。

殺菌作用が強いUVCは人体にとって危険な紫外線のため、扱い方を誤ると健康を害してしまうおそれがあります。懐中電灯のようなタイプのUVCもインターネットなどで販売されていますが、目や皮膚に当たらないように距離を取るか、手袋やサングラスなどで身を守る必要があります。

太陽光のみならず、室内光でも反応する最新の光触媒技術でウイルスを不活化

光触媒によるウイルス対策

紫外線に加えて、ウイルスの不活化を促すのが光触媒です。光触媒を分かりやすくいうと、「光触媒と呼ばれる特殊な物質に光を当てることで、太陽電池のように電気エネルギーが発生して強い酸化作用を発生させ、有機物を水と二酸化炭素に分解する反応」といえます。光触媒の技術を用いると、空気中のウイルスの不活化のみならず、不快症状を招く悪臭や花粉、アレルギー誘発物質も瞬時に分解することができます。光触媒の最新技術を応用して開発を進めているのが、室内用ウイルス分解機器「コロナクリーナーF」です。

光触媒の技術を駆使して抗ウイルス作用を発揮する「コロナクリーナー」の試作品

光触媒の技術にはこれまで二酸化チタンが使われていましたが、東芝マテリアル社が開発した「ルネキャット」という三酸化タングステンを用いた触媒は、太陽光はもちろん、室内のわずかな光にも反応するため、優れた抗菌・除菌作用を発揮します。

先に触れたマスクリーンと同じように、コロナクリーナーも試作段階ではありますが、構造はとてもシンプルです。「光触媒に光を当てて風を送る」だけで、空気中を漂うウイルスを不活化させることができます。例えば、A型インフルエンザウイルスに対しては、4時間の投光で1000分の1、8時間なら100万分の1以下に不活化できるというデータがあります(2.5㌢角に5㍉㌘のルネキャットを塗布した実験方法での数値)。

実際にコロナクリーナーの試作品を私の実験室(100平方㍍)で試してみると、長年悩まされていた下水のような悪臭が、わずか3時間後には、ほとんど感じなくなりました。

ルネキャットの原料となるタングステンは、白熱電球のフィラメントとして使われてきました。ルネキャットを開発した東芝グループは、1890年に日本で初めて白熱電球を実用化したメーカーです。白熱電球から蛍光灯、LEDへと、明かりの進化に携わる一方で、原点ともいえるタングステンの研究も継続し、光触媒の技術として完成させたのです。

秋吉准教授は「工学的対策」と題したウイルス対策の研究に取り組んでいる

私が所属する大阪府立大学では、2016年から、ふるさと納税制度を活用した「つばさ基金」という制度で「放射線教育振興プロジェクト」を始めています。しがらみがない形での放射線教育を進める目的で立ち上げたプロジェクトですが、今回の事態を少しでも改善するために活用しています。医療や教育現場のみならず、一般の方も、実証実験に参加する(感想や問題点を伝えていただければ幸いです)形でマスクリーナーの試作品を入手することができます。 詳しくは私のホームページをご参照ください。

新型コロナウイルスの問題は、いまだに収束する気配が見られません(2020年5月下旬現在)。私は工学の研究者として、ウイルスに対する紫外線と光触媒の効果について検証を続けながら、早期の実用化を目指していきます。