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【脊柱管狭窄症の最新手術を徹底解説】わずかな切開で手術が受けられる[最小侵襲治療]は心身の負担が少なく早期回復も可能

整形外科

あいちせぼね病院院長 伊藤 全哉

脊柱管狭窄症は圧迫される神経の部位により神経根型・馬尾型・混合型に分類される

[いとう・ぜんや]——1998年、名古屋大学医学部卒業。医学博士。名古屋第一赤十字病院(現・日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院)整形外科、国立長寿医療研究センター整形外科、愛知厚生連渥美病院整形外科、名古屋大学医学部附属病院整形外科、豊橋市民病院整形外科副部長、名古屋大学医学部附属病院整形外科助教、全医会伊藤整形・内科あいち腰痛オペクリニック副院長を経て、2017年4月より現職。日本整形外科学会専門医・脊椎内視鏡下手術・技術認定医・脊椎脊髄病医、日本脊椎脊髄病学会脊椎脊髄外科指導医、日本脊髄外科学会脊椎脊髄外科専門医など。

高齢化に伴って急増している病気の一つが、腰部脊(ようぶせき)(ちゅう)(かん)(きょう)(さく)(しょう)(以下、脊柱管狭窄症と略す)です。脊柱管狭窄症とは、「脊柱管」という背骨の中にある神経の通り道が狭くなり、神経が圧迫される病気です。主に加齢が原因で神経の背中側にある(おう)(しょく)靭帯(じんたい)が分厚くなったり、椎間板(ついかんばん)や骨が変形・突出したりすることで起こります。

脊柱管狭窄症の患者さんは、足腰の痛みやしびれ、だるさを訴えることが多く、中にはひざや股関節(こかんせつ)周辺の痛みやしびれを訴える方もいます。患者さんによって訴える症状に違いが出るのは、圧迫されている神経の部位が異なるためです。脊柱管狭窄症は、圧迫される神経の部位によって、一般的に「神経根(しんけいこん)型」「馬尾(ばび)型」「混合型」の三つに分けられます。

神経根は、脊髄(せきずい)の末端から左右に枝分かれした神経の根元のことです。神経根が脊柱管の狭窄によって圧迫されるタイプを神経根型といいます。神経根は背骨の左右に一つずつあるため、通常は左右どちらかの神経根が障害を受け、症状も左右どちらかの足腰に出るのが特徴です。

馬尾は、脊髄の末端にある神経の束のことで、腰椎(ようつい)部の脊柱管の中に存在します。馬尾が脊柱管の狭窄によって圧迫されるタイプを馬尾型といいます。馬尾が圧迫されると、馬尾とつながっている左右の下肢(かし)全体の神経に影響が出るため、左右両方の下肢の痛みやしびれが広範囲に及ぶのが特徴です。

神経根型と馬尾型が併発したタイプを混合型といいます。二つのタイプが合わさっているため、症状も馬尾型と神経根型の二つの特徴を持っています。

脊柱管狭窄症で最も特徴的な症状は、間欠性跛行(かんけつせいはこう)です。間欠性跛行とは、しばらく歩いたり立ったりしていると足に痛みやしびれ、だるさなどが生じる症状です。人によっては5~10分ほどで発症し、歩けなくなるほどつらい症状ですが、少し休むと再び歩けるようになります。

脊柱管狭窄症はゆっくりと進行していきます。歩いている時だけではなく、立っているだけ、あおむけに寝ているだけでも、痛みやしびれがひどくなります。上体を反らすと痛みが悪化し、前かがみになったり、イスに腰掛けたり、横向きになって体を丸めて寝たりすると、痛みやしびれは軽くなります。上体を反らすと脊柱管がさらに狭くなって神経への圧迫が強まり、前かがみになって腰を丸めると脊柱管が広がって圧迫が緩むためです。

ただし、神経が圧迫されれば、前かがみの姿勢でも痛みやしびれが出ることもあります。そのような時は、痛みやしびれが出る姿勢や動作を避けるようにしましょう。

脊柱管狭窄症がさらに進行すると、足の感覚が鈍くなる感覚障害や、足の筋力が低下する運動マヒが見られるようになります。また、膀胱(ぼうこう)・直腸の機能や感覚に関係する神経に障害が起こるケースもまれにあります。排尿や排便がうまくコントロールできなくなったり、肛門(こうもん)の周辺にしびれや(しゃく)熱感(ねつかん)を覚えたりするようになるのです。

馬尾:脊髄神経から枝分かれした神経の束。腰椎部の脊柱管に存在する
神経根:馬尾から枝分かれした神経が脊柱管から左右に出ていく部分

足腰の痛みやしびれをはじめ、脊柱管狭窄症によるさまざまな症状を悪化させないためには、日常生活での習慣や動作を見直して老化予防に努めることも大切です。例えば、喫煙は血流を悪化させる原因となるため、禁煙することをおすすめします。また、ネコ背や中腰などの姿勢は腰に負担をかけるので避けましょう。

脊柱管狭窄症は、ほとんどの場合、問診と身体所見で診断がつきます。具体的には「間欠性跛行の有無」「痛みやしびれが出るまでに歩ける距離や時間」「上体を反らすと症状が悪化するかどうか」「症状の出方や出ている部位」「筋力低下や知覚障害の有無」など、脊柱管狭窄症の主な症状を確認します。

脊柱管狭窄症の治療法には、大きく分けて保存療法と手術療法があります。保存療法を3ヵ月以上行っても安静時の耐えがたい痛みやしびれ、重度の感覚障害や運動マヒ、排尿・排便障害などの症状がある場合は手術を検討することもあります。

手術療法には、狭窄した脊柱管を部分的に取り除く開窓(かいそう)(じゅつ)や、全部取り除く(つい)(きゅう)切除(せつじょ)(じゅつ)、チタン製のインプラントで腰椎を補強する脊椎固定(せきついこてい)(じゅつ)などがあります。

手術療法は、狭くなった脊柱管を広げることで神経の圧迫を取り除き、根本的な原因の解消が期待できます。ただ、大きな手術では骨を削る量が増え、手術後に背骨が不安定になるなどの問題があります。

脊柱管狭窄症の治療は、患者さんの意思が最優先されます。医師からは可能な治療法の選択肢を提示してアドバイスさせていただきますが、選択するのは患者さん自身にほかなりません。「旅行に行きたい」「歩行補助車なしで買い物に行きたい」「しびれを軽減したい」「(つえ)をついて歩ければ十分」など、治療後の具体的な希望を医師に正確に伝え、実現可能な目標を設定して治療に取り組んでいくことが重要です。

高齢者に優しい手術「MISS」は傷口が従来の10分の1以下ですみ入院期間も短期

手術前:脊髄神経が圧迫されて脳脊髄液が途絶し、神経に栄養が届かなくなっている
手術後:脊髄神経の圧迫がなくなり、脳脊髄液が再流通している

私が院長を務めるあいちせぼね病院では、高齢者に優しい最新手術である「最小侵襲脊椎手術(MISS(ミス))」を導入しています。最小侵襲脊椎手術は、できるだけ小さな傷で行う背骨の手術のことです。従来の手術のように大きく切開をすることなく、骨や筋肉、靭帯などの切除を最小限にとどめる、体への負担が極めて少ない最新手術法です。

最小侵襲脊椎手術による手術法の一つに「PEL(ペル)(またはPELL(ペルル))」があります。PELは「経皮的内視鏡下後方除圧術」と呼ばれ、最小侵襲脊椎手術の中でも難易度の高い手術です。

PELは7~8㍉の細い内視鏡を使い、厚くなった靭帯や出っ張った骨・椎間板を取り除き、脊柱管を広げて圧迫されていた神経の障害を取り除く手術です。従来の切開法による手術では切開口部分が10~15㌢と大きく、患者さんの体に過度な負担をかけていました。しかし、PELでは7~8㍉と、従来の切開法の10分の1以下の切開しか行わないため、患者さんの負担は非常に少なくなりました。

手術による患者さんの負担の指標として、出血量があります。手術による出血量が多ければ多いほど患者さんに負担がかかっていると判断でき、減らすことが手術の進歩といえます。従来の手術では数10~500㍉㍑と多かった出血量が、PELであれば数㍉㍑程度とごくわずかですみます。手術のリスクを心配する高齢者や持病を持つ人にとって、従来の方法より負担の少ないPELは安心して受けられる手術です。

また、これまでの脊柱管狭窄症の手術では、全身麻酔をする必要がありました。そのため、手術を受けたくても受けられない高齢者が一定数いました。老化による呼吸器や循環器などの機能低下によって全身麻酔に耐えられなかったり、手術後の安静期間中に寝たきりになるリスクが高かったりするためです。そのほか、全身麻酔と手術による負担によって、せん妄や低体温、呼吸困難、心不全などの合併症を招きやすいという問題もあります。

一方、最新のPELは局部麻酔(硬膜外(こうまくがい)麻酔)で行うことができ、糖尿病や高血圧などの(じゅう)(とく)な内科的疾患がなく、全身状態が良好であれば、高齢者でも手術は可能です。全身麻酔の合併症は、局部麻酔であればほとんど起こりません。「活発に運動したい」という目標を抱く80代、90代の患者さんは、年齢だけで手術を諦める必要はありません。私の病院では、PELを受けた患者さんの平均年齢は70歳で、最高齢は92歳です。

従来の大きな切開を必要とする手術の場合は、入院期間が1~2週間程度かかります。高齢者にとって入院期間が長ければ長いほど筋力や体力が低下し、寝たきりになるリスクが高まります。一日寝たきり状態になると1~3%の筋力が低下し、1週間では10~15%もの筋力が低下するといわれています。

手術後に寝たきりになる不安を抱く患者さんは多いものですが、PELであれば心配はありません。入院期間が最短で日帰りから2泊3日ですむため、筋力が低下する前に日常生活に戻れるからです。

手術によるリスクは神経障害・術後血腫・術後感染の三つでしびれが残る場合あり

従来からある手術やPELでも、切開をすることには変わりません。手術による主なリスクには「神経損傷」「(じゅつ)()血腫(けっしゅ)」「術後感染」の三つが挙げられます。

一つ目の神経損傷は、手術中に手術器具が神経を圧迫するなどして起こる障害のことです。神経損傷が起こると、手術後に足の動きが若干鈍くなったり、尿の出が悪くなったりしますが、多くは自然に改善します。PELでは細かい神経まで見えるため、神経をよけながら手術をすることが可能です。そのため、通常の手術よりも神経損傷が起こるリスクは低くなっています。

左の太い器具は一般的な内視鏡手術(MEL)で使用する筒(スリーブ)。右の器具は最小侵襲手術のPELで使用する筒。切開口が7~8㍉と小さくなったことにより、局部麻酔下での手術が可能となった

二つ目の術後血腫とは、手術後に血の(かたまり)が脊柱管内にできることです。その結果、新たに馬尾神経や神経根が圧迫されてしまい、痛みやしびれ、運動マヒが起こるようになります。当院では、術中に止血剤を使用してしっかり止血しているため、術後血腫はほとんど起こりません。

三つ目の術後感染は、脊髄に固定する装具を入れる固定術を行った際に起こりやすく、1~2%の確率で起こります。PELの場合は、生理食塩水を流しながら術野(目に見える手術部位)を洗浄して行うため、感染リスクはほぼゼロです。

ただし、どんなに手術室を清潔に保っていても、免疫力が低下している患者さんは感染しやすくなります。中でも高齢者に多い糖尿病の患者さんは術後感染の可能性が高く、手術を受ける前にしっかり糖尿病の治療に取り組むことで感染リスクは低下します。

当院では、これらの可能性を低減するために、リスク管理の徹底や治療機器の開発、診断機器の導入、技術の研鑽(けんさん)を行っています。その結果、手術によるリスクが起こる可能性は2%未満に抑えられています。

ただ、PELを含む手術療法は完璧(かんぺき)ではありません。脊柱管狭窄症を長期間患っている場合は一部の神経はすでに回復不可能で、術後にも症状の一部が残るケースがあります。特にしびれは完治しにくく、軽減はするものの、手術を受けた患者さんの8割に残るというデータもあります。

脊柱管狭窄症の患者さん全員が手術を望んでいるわけではなく、中にはどうしても手術を避けたいと願う方もいることでしょう。そこで日常生活で心がけてほしいポイントとして、腰を過度に曲げ伸ばししないことが挙げられます。腰に負担がかかると腰椎に悪影響が出てしまい、脊柱管狭窄症が悪化するおそれがあるからです。腰に負担をかけないためにも、全身を使って体全体の柔軟性を保つようにしましょう。足腰の痛みやしびれが悪化した場合は、病院を受診して保存療法や薬物療法、リハビリテーションを受けることをおすすめします。

「とにかく患者さんの苦痛を一秒でも早く取り去りたい」——当院では患者さんの苦しみを取り除いて安楽を与える「抜苦与楽(ばっくよらく)」という言葉を掲げ、「低侵襲でスピード第一」を治療方針にしています。保存療法に取り組んだものの、足腰の痛みやしびれが残っているという患者さんは、高齢者に優しいPELを一度検討してみてはいかがでしょうか。