有限会社フレンド取締役、ページ薬局薬剤師 瀬迫 貴士さん
全国に約6万店舗あるといわれる薬局の中には、個性的な試みをする店舗が現れています。「本」をテーマに地域密着型の薬局を展開しているのが、大阪府豊中市にある「ページ薬局」。経営陣の一人でもある薬剤師の瀬迫貴士さんに、お店に込めた想いを伺いました。
スターバックスでの勤務経験を薬局の経営に活かしています
私たちの生活に欠かせない薬局は、全国で6万店舗あるといわれています。大きな薬局チェーン店が中心となった業界再編が進む中、地域に密着した経営を続ける調剤薬局の世界にも新しい動きが見られています。これまでの常識にとらわれない薬局像を提案する若い世代の薬剤師が増える中、話題を集めているのが、薬局と書店が合体した「ページ薬局」です。新形態の薬局を企画した薬剤師の瀬迫貴士さんに、その経緯と想いを伺いました。
「私の父は薬剤師で、母は医薬品の登録販売者です。妹も薬剤師をしている薬剤師一家に生まれました。だからといって、『将来は自分も薬剤師になる!』と決めていたわけではないんです。『手に職をつけるために薬剤師の資格を取っておこうかな』くらいの感覚でした」
兵庫医療大学を卒業後、実家が経営する調剤薬局への就職を考えたという瀬迫さん。悩んだ末に選んだのは、製薬会社への就職でした。
「進路を決めかねていたとき、ある調剤薬局の経営者さんから、『製薬会社での社会人経験は、将来独立したときに役立つよ』とアドバイスされたんです。そこで、内定をいただいた杏林製薬に入社しました」
製薬会社では「MR」と呼ばれる、医療関係者に対して医薬品に関する情報を提供する仕事を担当。忙しい毎日を過ごしたといいます。
「MRの仕事は忙しかったですが、社会人としての基礎が身につきましたし、医師や医療関係者への対応を学べました。会社にはほんとうに感謝しています」
その後、祖父母の体調不良や実家の調剤薬局の事情もあり、会社を退職。大阪府の店舗で調剤薬局の仕事を手伝うようになったそうです。
「当時、実家の調剤薬局は薬剤師の定着率がそこまでよくなくて、経営上の課題となっていました。そこで、調剤薬局で働きながら、いつもスタッフが明るく楽しそうにしている店で勉強をしてみようと思ったんです」
瀬迫さんが働くことを希望したのは、コーヒーチェーン店のスターバックスコーヒー。パートタイマーとして働きはじめた瀬迫さんは、お客さんのみならず、勤務スタッフの満足度も高めるスターバックス社の経営方針に共感したといいます。
「スターバックスコーヒーの店舗で学んだことは、企業理念とミッションを一人ひとりのスタッフに浸透させる企業文化です」
スターバックスで顧客と職場の満足を貫く企業風土を体感した瀬迫さん。以後は、薬局を訪れるお客さんだけでなく、一緒に働く薬剤師との会話を深めることで、職場としての満足度も高めるように心がけたそうです。
「地道な努力もあって、薬剤師の定着率もよくなりました。その後は、就職や転職を考えている薬剤師のキャリア相談も受けるようになりました。私が卒業した兵庫医療大学は、当時開学したばかりで、OBがいなかったんです。就職活動ではOB訪問ができず、乏しい情報の中で不安な毎日を過ごしていました。そんな体験から、進路に悩む薬学部の学生や薬剤師の気持ちがよくわかるんです」
薬と本、どちらが目的でも気軽に入れるお店です
薬剤師とキャリアコンサルタントという二足のわらじで活躍する瀬迫さん。薬剤師の範疇にとどまらない視点を大切にする瀬迫さんが立ち上げたのが、薬局と書店を合体させた、その名も「ページ薬局」です。
「ページ薬局の始まりは、大学時代の後輩と『1ヵ月で100冊の本を読もう!』と大量の読書に挑戦したことがきっかけです。成人するまであまり本を読まなかったので、かなり高いハードルなのですが、薬局の経営に生かせる知識を深めたいと思って挑戦しました」
挑戦を決意したものの、どの本を選べばいいのか悩んだ瀬迫さんは、インターネットを通じて推薦本を広く募ったといいます。
「facebookに投稿して本の情報を募ってみると、多くの人からいろいろなジャンルの本をすすめられました。選書はその人の個性が出ているものもあれば、『あの人がこんな本を読んでいるの?』と驚かされることもあったりして、とても楽しかったんです。『本は人なり』を実感しています」
自身では『7つの習慣~成功には原則があった!~』(スティーブン・R・コヴィー著)という本との出合いに大きな影響を受けたという瀬迫さん。しだいに、自分だけでなく、薬局を訪れるお客さんに「本との出合いの魅力」を提供したいと考えるようになったそうです。
「実家が調剤薬局で薬学部に進学。製薬会社勤務を経て調剤薬局の薬剤師になりました。もちろん、薬局の世界でチャレンジすべきことはたくさんありますが、薬剤師の肩書を持ちつつ、何かに別のことにも挑戦したいと思ったんです」
書店を覗いて書店独特の空気感に触れるたびに、「本屋さんが好き」であることを強く実感するようになったという瀬迫さん。薬局と書店と合体させる企画が生まれたのは、自然な流れだったのかもしれません。
「薬局の業界も競争が厳しい状況ですが、インターネットの普及によって、出版業界も厳しい時代が続いています。厳しい時代を生き残るために頑張っている2つの業界が好きだからこそ、少しでも役に立ちたいと思っています」
薬局と書店を合体させるアイデアを描いた瀬迫さんは、構想の具体化に着手。書店経営のノウハウがまったくない中、開業までは手さぐりで進めていったそうです。
「いちばん苦労したのは、どんな本を書棚に並べるかという仕入れの問題です。始めるからにはきちんとした書店として機能させたかったので、幅広いジャンルの本を選ぼうと思いました。でも、実際に取りかかってみると、ジャンル分けや本の選択が難しく、毎日悩んでばかりでした」
現在、ページ薬局の在庫は約1000冊。薬局内の書棚には、瀬迫さんをはじめ、薬局のスタッフさんたちがおすすめしたい本が並んでいます。ラインナップは豊富で、児童書や絵本、実用書、小説、ビジネス、自己啓発など幅広いジャンルの本がそろっているそうです。
「街の中から次々と書店が消えていく寂しい時代ですが、本屋さん好きの一人として“町の本屋さん”の風景を残していきたいんです。ふらりと立ち寄られたお客様が、書棚を眺めて本を買ってくださると、書店としての機能を果たしていると実感できてうれしくなります。調剤の待ち時間に本を読まれてもいいですし、本を買うついでに健康面で気になっていることを薬剤師に相談されるのも大歓迎です。地域の方々に気軽に立ち寄っていただける薬局でありたいと思っています。」