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隠れたパンデミック「21世紀病」を癒やすシンバイオティクス療法とは?(前編)

がん治療の進化を目撃せよ!

日本先進医療臨床研究会理事 小林 平大央

今世紀に急増中の代表的な疾患群である「21世紀病」の背景にはなにがあるのか?

小林平大央
[こばやし・ひでお]——東京都八王子市出身。幼少期に膠原病を患い、闘病中に腎臓疾患や肺疾患など、さまざまな病態を併発。7回の長期入院と3度死にかけた闘病体験を持つ。現在は健常者とほぼ変わらない寛解状態を維持し、その長い闘病体験と多くの医師・治療家・研究者との交流から得た予防医療・先進医療・統合医療に関する知識と情報を日本中の医師と患者に提供する会を主催。一般社団法人日本先進医療臨床研究会理事(臨床研究事業)、一般社団法人不老細胞サイエンス協会理事(統合医療の普及推進)などの分野で活動中。

「21世紀病」という病気をご存じですか? 今世紀に急増している病気群であることから、一部の医師や医学者からそう呼ばれている病気があるのです。花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患、関節リウマチや1型糖尿病などの自己免疫疾患、過敏性腸症候群や炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)などの消化器疾患、うつ病などの精神疾患、そして肥満が21世紀病の代表格です。

例えば、過敏性腸症候群ですが、突発的な下痢やおならが頻発するため、いつどこで下痢になるか分からず、外出ができない非常に困った病気です。常に不安が付きまとってQOL(生活の質)を大きく下げることから、人工透析や1型糖尿病よりもQOLレベルが低いとされています。過敏性腸症候群は、原因や病態がはっきり分かっておらず、医師からも誤解されるケースが多く見られます。

例えば、炎症性腸疾患の場合は、結腸に潰瘍ができます。一方、過敏性腸症候群の場合は、腸が健康な人とほぼ同じ状態で健康に見えます。外見的に健康な人と変わらない腸なのに異常を訴えるため、精神的なものと誤解されて精神科を紹介されるケースが多いのです。

過敏性腸症候群に、欧米人の約5分の1(女性が多い)が苦しんでいます。これほど高い発症率を考えれば、なにかしらの原因と対策に思い至ってもよさそうですが、病態の解明は進んでいませんでした。

ところが、2000年5月にカナダ・オンタリオ州のウォーカートンという都市で起こった悲劇から、過敏性腸症候群の手がかりが見つかりました。その日、ウォーカートンは季節外れの台風に襲われました。台風が去った後、ウォーカートンの住民はバタバタと病に倒れました。胃腸炎と血の混じる下痢を訴える人が続出したのです。調査の結果分かったことは、水道水に大腸菌のO157が混入していたことでした。実は、水道施設の浄水処理システムが壊れ、大雨のために農地から漏れた肥料の牛糞が水道水に混入していたのです。汚染の事実が分かった翌日に4人が死亡し、翌週さらに3人が死亡しました。ウォーカートンでは住民の半数が感染者となったのです。

水道はすぐに浄化されて飲料水は安全になりましたが、話はこれで終わりません。ウォーカートンでは、胃腸炎が治まった3年後も、3分の1以上の人が過敏性腸症候群で苦しんだのです。そして、その半分の人はその後8年が経過してもまだ苦しんでいました。

ウォーカートンでの水道汚染事件の後、ほかの地域でも似たような感染性胃腸炎に続いて過敏性腸症候群になった人が多く見つかりました。その中には、食中毒をきっかけに過敏性腸症候群になってずっと治っていない人や、旅行先での下痢が引き金になって過敏性腸症候群になってしまった人が多くいました。

また、海外で寄生虫に感染した人は、そうでない人に比べて7倍も過敏性腸症候群になりやすいことも分かりました。ただ、その後に検査をしても原因となった寄生虫は見つからず、過敏性腸症候群だけが長く続くのです。寄生虫による胃腸炎は治っているので、まるで引き金になった現象が腸内になにか問題を引き起こしたように見えました。また、過敏性腸症候群を発症したきっかけが、感染症ではなく抗生物質による治療だったという人もいました。

こうした一連の手がかりから、共通する構図が想起されました。つまり、過敏性腸症候群とは、最初の原因はなんにせよ、腸内細菌叢のバランスが乱れて荒廃し、その状態がそのまま続いた結果として発症する病気ではないかと推測されたのです。

例えば、長年かけて形成された手つかずの森林にブルドーザーで踏み入り、チェーンソーで木々を切り倒す光景をイメージしてみてください。ブルドーザーの車輪について運ばれてきた雑草が在来種を押しのけて繁殖し、森は荒廃します。そして、雑草に負けた生物種は死滅し、森の多様性が損なわれます。こうなると、森の生態系はなかなか元の状態には戻れません。

腸の複雑な生態系である腸内細菌叢のバランスも同様です。抗生物質というブルドーザーや、病原体という雑草が入り込み、それまでバランスを保っていた腸の多様性は破壊され、荒廃した腸内細菌叢がなかなか元の状態に戻れないのです。

『あなたの体は9割が細菌』アランナ・コリン著、矢野真千子訳(河出書房新社)

過敏性腸症候群の原因は、抗生物質や感染症だけではありません。不摂生や乱れた食生活、極端なダイエット、不健康な薬の常用なども、腸という森の荒廃の原因となりうるのです。過敏性腸症候群だけではなく、現在、先進国から途上国まで文明の進展とともに急激に増加しているいわゆる21世紀病も腸から始まる不調や腸内細菌叢の荒廃が原因なのです。

ちなみに、現在はDNA解析の技術で、人間の腸内にどんな微生物がどのくらいの割合で存在しているかを調べることができます。この方法で検査した結果、健康な人と過敏性腸症候群の人にはっきりした違いが見られました。このことから、過敏性腸症候群は腸内細菌叢の荒廃が主な原因であり、これまで主犯と疑われていたストレスは病態を加速させる付加要因であることが分かったのです。

また、過敏性腸症候群の症状のタイプによって、腸内細菌の存在量が異なることも分かりました。膨満感や食欲不振を訴える患者ではシアノバクテリア類が多く、腹痛で苦しむ患者ではプロテオバクテリアが多いのです。また、便秘の患者では、17種類の腸内細菌グループすべてで存在量が増えていました。そして、過敏性腸症候群の患者全員で腸内細菌叢のバランスが不安定でした。つまり、腸内細菌のグループ間の比率が増えたり減ったりしていて移り変わりが激しく、腸内細菌叢が安定していないことが判明したのです。

ところで、DNA解析で一部の患者には腸内細菌の違いが見られない人もいましたが、それらの人の多くはうつ症状を呈しており、うつ病などの精神疾患がもとで過敏性腸症候群に移行したものと推察されました。ともあれ、過敏性腸症候群とは、腸内細菌叢のバランスが乱れ、荒廃したまま元の静かな状態に戻れない結果として発症する病気だということが分かったのです(後編に続く)。