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ガン治療と老化制御のカギを握る、世界的に大注目の「IGF-1」

がん治療の進化を目撃せよ!

日本先進医療臨床研究会代表 小林 平大央

現在では多くの研究から遺伝が寿命に与える影響はたったの7%程度とされている

[こばやし・ひでお]——東京都八王子市出身。幼少期に膠原病を患い、闘病中に腎臓疾患や肺疾患など、さまざまな病態を併発。7回の長期入院と3度死にかけた闘病体験を持つ。現在は健常者とほぼ変わらない寛解状態を維持し、その長い闘病体験と多くの医師・治療家・研究者との交流から得た予防医療・先進医療・統合医療に関する知識と情報を日本中の医師と患者に提供する会を主催して活動中。一般社団法人日本先進医療臨床研究会代表理事(臨床研究事業)、一般社団法人ガン難病ゼロ協会代表理事(統合医療の普及推進)などの分野で活動中。

現在、世界中でガン治療と老化制御の研究が進められていますが、この2つの研究は多くの部分で共通要因を持っていることが分かりはじめています。というのも、ガンは心臓病や脳卒中、認知症などと並んで老化に伴う病気の1つで、寿命に大きな影響を与えます。そのため、老化について研究していると、当然の帰結としてガンなどの病気を予防・制御・治療する方法に行き当たるようです。今回お話しする「IGF-1(インスリン様成長因子)」の発見も、ガンをはじめとする(さん)(だい)(しっ)(ぺい)や認知症など、多くの老化症状に関わる分野の1つです。

ところで、ガンや老化の話をすると「遺伝の影響と生活習慣の影響のどちらが強いのか」という話によくなりますが、これは科学的にはほぼ決着がついています。生活習慣の影響のほうが圧倒的に大きいのです。

以前は遺伝の影響が20~35%程度あるのではないかと考えられていました。しかし、現在では多くの研究から寿命に関わる三大疾病などの病気の発病に対する遺伝の影響は7%程度とされています。

これは、19~20世紀に生まれた約4億人を対象にして寿命について行われた研究で判明しました。遺伝的に類似性の高い兄弟姉妹よりも遺伝的にはまったく似ていない夫婦のほうが寿命も病気の()(かん)も類似性がはるかに高いことが判明したのです。この結果は、遺伝要因よりも、食事や運動習慣、喫煙や飲酒の習慣、飲料水や住居などの衛生的な生活空間、(しゅ)()()(こう)が似ているほうが寿命と発病の要因としてはるかに重要であることを示唆しています。

現在では、生活習慣は遺伝子と同じように何代にもわたって遺伝することが分かっています。この遺伝方式を「遺伝子の遺伝」に対して「生活習慣の遺伝(エピジェネティクス)」といいます。生活習慣の遺伝は、遺伝子の遺伝のように物理的に固定されて変更できない遺伝方式ではなく、生活習慣の改善によってスイッチをオン・オフすることで遺伝内容が変更可能であるという事実も分かっています。

『SWITCH(スイッチ)オートファジーで手に入れる究極の健康長寿』ジェームズ・W・クレメント、クリスティン・ロバーグ(著)、 児島 修(訳)(日経BP)

では、どんな生活習慣が長生きで病気にならないのでしょうか —— その答えの1つが、今回のテーマであるIGF-1なのです。IGF-1は成長ホルモンによる刺激の結果として主に肝臓で(ぶん)(ぴつ)されるポリペプチド(多数のアミノ酸がペプチド結合によって連なった化合物の総称)です。検査では別名「ソマトメジンC」とも呼ばれます。長寿でガンになりにくい人は、血液中のIGF-1値が低いことが分かっています。つまり、望ましい生活習慣の特徴を簡単にいえば、IGF-1値を低く抑えられる生活ということになります。

では、どうしたら IGF-1 値を低く抑えられるのでしょうか? 実は、 IGF-1の分泌はオートファジー活性とトレードオフ(逆相関)の関係があり、オートファジーが活性化すると血液中の IGF-1値が低下することが分かっています。

オートファジーを活性化する簡単な方法は、昔から行われてきた( だん)(じき)やその現代版である16時間絶食です。また、断食以外にも低GI食や糖質制限食、玄米菜食、良質な脂(オメガ3.9など)の摂取、良質な睡眠、適度な運動、ストレスケアなど、昔から健康的といわれてきた多くの生活習慣によってオートファジーが活性化することが分かっています。

ただし、注意が必要です。例えば、糖質制限や低GI食がいいのはIGF-1値を高める糖質を避けられるからですが、糖質制限では同時にIGF-1値を高める飽和脂肪酸や動物性たんぱく質を多くとってしまいます。一方、玄米菜食がいいのはIGF-1値を高める動物性たんぱく質の中のメチオニンやシスチン、BCAA((ぶん)()()アミノ酸)を避けられるからですが、玄米は糖質なのでいいとはいえません。また、玄米菜食では良質な脂が少ないのも問題です。

運動も適度ならけっこうですが、過剰であれば害になります。睡眠も過不足はよくありません。また、乳製品はIGF-1を増やすため、成長期にはメリットがありますが、中高年期以降は「成長因子=老化因子」となって害が大きいようです。

『LIFESPAN(ライフスパン)老いなき世界』デビッド・A・シンクレア、マシュー・D・ラプラント(著)、梶山あゆみ(訳)(東洋経済新報社)

IGF-1に関するこうした研究成果はそれぞれまったく別の方面からの研究によって導き出されたものですが、どの研究でも同様にIGF-1値を低くすることが老化と病気を避ける重要な要因であるという結論に至っています。

センテナリアン(100歳以上の長寿者)やスーパーセンテナリアン(110歳以上の長寿者)を調べた研究では、これら長寿者は一般の人と比べてIGF-1値の平均値が低いことが分かっています。また、遺伝的にIGF-1の生産に欠陥がある「ラロン症候群」の人たちは低身長症などの特徴がありますが、IGF-1値と血液中インスリン値が非常に低くインスリン抵抗性がほぼ皆無であるため、生涯にわたってガンや糖尿病、アルツハイマー病、心血管疾患などのリスクも非常に低く、健康で長寿であることが分かっています。

このようにIGF-1値を低く抑えることは、成人以降の寿命を左右するカギとなります。しかし、IGF-1は成長に欠かせない因子でもあり、思春期までの成長期には成人の3倍程度必要であることが分かっています。

つまり、成長期は中高年とは逆に肉食や糖質、乳製品など、IGF-1値を高めて成長を促進する食事や生活習慣がプラスになるということです。一方、子どもにとって必要な成長因子であるIGF-1は中高年以降には避けるべき老化因子となり、老化やガン、認知症、心臓病、脳卒中などにかかる要因になるのです。