日本先進医療臨床研究会代表 小林 平大央
獲得免疫療法の先駆けとなった世界初のガンワクチン療法「ハスミワクチン」とは?
体を守る免疫には大きく2つの種類があります。1つを「自然免疫」、もう1つを「獲得免疫」といいます。
自然免疫は生まれたときから体内に備わっている防衛機構で、体内にある細胞のうちで自己と認識できないすべての細胞に攻撃を加えます。その攻撃の主体は「NK(ナチュラルキラー)細胞」と呼ばれる免疫細胞です。「生まれながらの殺し屋」という意味ですが、どちらかというと全身を警備する〝警察官〟のような免疫細胞です。自然免疫療法は全身に対応する免疫療法のため、「非特異的免疫療法」ともいいます。ガン細胞は元をただせば自分自身の細胞ですが、変化の度合いが過ぎて自己と認識できないほど変異すると、NK細胞に攻撃されます。
自然免疫に対して、後天的に獲得される免疫を獲得免疫といいます。また、特定の病気にだけ特異的に対応するため、獲得免疫を動員する治療法を「特異的免疫療法」ともいいます。
ウイルスや細菌などが体内に侵入した際に発見・記憶して攻撃の指令を出す「樹状細胞」という免疫細胞の司令官と、指令を受けて攻撃する「キラーT細胞」や「B細胞」などが獲得免疫の主役です。これらの獲得免疫はいわば〝軍隊〟で、その攻撃力も破壊力も警察官(自然免疫)の比ではありません。
しかし、司令官がきちんと敵を認識して指令を出さないと治療効果を発揮しません。変異を繰り返すウイルスやガンに対しては、そのつど、敵の特徴を記憶し直して対応しないといけないため、長期戦となったり、効果に乏しかったりする場合も多いのです。
こうした一長一短の特徴からガンに対する免疫療法の取り組みはこれまで自然免疫を使った治療法と、獲得免疫を使った治療法の両面から繰り返し試されてきたという歴史があります。日本で獲得免疫療法の先駆けとなったのは、日本初の自然免疫療法である丸山ワクチンの4年後に登場して臨床で用いられた「ハスミワクチン」です。
世界初のガンワクチン療法であるハスミワクチンは「ウイルスによってガンを発症する哺乳動物がいる」というガンウイルス学説の知見にヒントを得て、故・蓮見喜一郎博士によって開発されました。蓮見博士はセラミックをマイナスに帯電させることでウイルスを分離する技術を確立し、1947年に子宮頸ガン患者の膣洗浄液からウイルス様粒子を電子顕微鏡で撮影することに成功。翌年、ハスミワクチンを開発し、臨床での応用を実現しました。
蓮見博士はその後もさまざまなガンに対してウイルスの影響があることを発見し、「ウイルス発ガン説」に基づいて研究を続けました。そして、さまざまな臓器のガン細胞からガン抗原またはウイルスを抽出し、それらを長期間冷凍乾燥することで病原活性を弱めた一般ハスミワクチンのベースを開発しました。
一般ハスミワクチンのベースに免疫反応を増強する物質(アジュバント)をともに投与することで患者の樹状細胞やキラーT細胞、B細胞などにガンを認識させ、ガン細胞のみを攻撃する獲得免疫による治療としてハスミワクチンを実現したのです。こうして開発されたハスミワクチンには、汎用の一般ワクチンと自分専用の自家ワクチンがあります。
一般ワクチンは、冷凍保存された他人のガン細胞由来の抗原またはウイルスから作成されます。急速冷凍・乾燥を繰り返して長期保存し、弱毒化・無毒化されたガン抗原をアンプル(密封容器)に収めたものです。一般ワクチンはさまざまな臓器や組織のガン抗原を元に作成され、現在およそ80種類のストックがあり、それぞれの組織に特徴的なガンに対応するワクチンとなっています。
しかし、ガンは個体差が大きく、遺伝子変異を頻繁に起こすため、一般的なストックだけでは安心できません。そこで、自分専用のオーダーメイドのワクチンが必要となり、開発されたのが自家ワクチンです。
自分専用の自家ワクチンは患者自身の尿や腹水、胸水、子宮の洗浄液などから、自分自身のガンウイルスやガン細胞のたんぱく分子を抽出し、これを2ヵ月ほどかけて弱毒化してアンプルに収めます。自分専用ですからほかの人の自家ワクチンは使用できません。
そのため、万一の場合に備えて1度に1年分(72回分)を製造し、十分なストックを用意します。ハスミワクチンの治療は一般ワクチンと自家ワクチンを注射器内で混合し、5日に1回のペースで皮下注射することで獲得免疫を動員してガンを撃退することを目指す治療法です。
ハスミワクチンが開発された当時、免疫療法の概念自体がまったく世に知られておらず、「ガンに対してワクチンを用いて免疫で治療する」という治療法は日本だけでなく世界の医学界でまったく受け入れられませんでした。しかし、長年の研究と臨床応用の実績によって、免疫療法やガンワクチン療法は徐々に認められ、半世紀余りを過ぎた現在、多くの医師がガン治療にワクチンを活用しはじめています。
現在、ハスミワクチンは蓮見喜一郎博士のご子息である蓮見賢一郎医師によって研究・開発が続けられ、1999年にトーマス・ジェファーソン大学(米国)との共同研究、2000年にメリーランド大学(米国)との共同研究によってハスミワクチンが獲得免疫療法の要である樹状細胞を増強する生理活性があることが証明されています。
免疫療法は新しい治療分野であるために研究段階にあるものも多く、玉石混交の感は否めません。しかし、ガンの標準治療と比べて副作用がほとんどなく、顕著な効果を示す症例も出ているため、ガン治療の〝第四の柱〟として徐々に期待を集めているのです。
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