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その8:幸せな人生

大野秀隆先生の「長寿の哲学」

理学博士 大野 秀隆

[おおの・ひでたか]——1930年、東京都生まれ。1953年、東京薬科大学卒業。東京大学医学部薬学科薬品分析化学教室で研究を重ねる。薬剤師。理学博士。画期的な発想から開発した悪臭対策エキス(OS液)が国内外のメディアで「消臭革命」として報道される。以後も研究を重ね、あらゆる世代を対象とした悪臭問題の解決に取り組んでいる。

幸せな人生とは何でしょうか。「人のために何かを与えうる能力を持ち、それを実際に行える環境にあり、さらにそれが自分の生活の基盤になっている」。そんな人の生活は幸せだと思います。

人のために自分が役立っているという自覚は、老人にとって重要です。年老いてもそのような仕事を見つけるように努めるとともに、周囲もできるだけ社会生活と関係した仕事を見い出してあげるといいでしょう。それは老人を孤独から救う道であり、早く老いることから抜ける道でもあります。

それまで肉体的労働を主としてきた人はその方向で、精神的労働を主としてきた人はその面で、だんだん仕事の量を減じていくか、その質を少しずつ変えていくといいでしょう。いずれにしろ、老年の適応力から考えて、「徐々に変えていく」ことが最良の方法です。

老人が適当な運動及びレクリエーションを行うことは、生活を楽しむために極めて重要なことです。しかし、老人にとっての運動の目的は、若い人のように体の発達を促すものではありません。あくまでも心身の衰弱を防ぎ、老化を防ぐいわゆる「現状維持」の目的で行うべきです。

老人が運動するとき、激しいものはよくありません。中年以上の誰にでもすすめられる運動は「歩くこと」です。ダメになることを「失脚」というように、人間は脚力の衰えから老化が目立つようになります。歩くことはすべての運動の基本で、脚力の低下を防ぐ大きな効果があります。交通機関の発達に伴って、老人の行動範囲は広くなりましたが、歩く機会は非常に少なくなりました。年を取るとひざを曲げたままチョコチョコと歩くようになりますが、深呼吸をしながら歩くと、わりとらくに歩けます。

運動は体の老化予防のみならず、精神の老化の予防にも大切といえます。なぜなら、老人の健康や生活の充実を図るには、若い頃と比べて精神面の比重が大きくなるからです。老人が肉体的には若い人に劣ってしまうことは確かです。しかしながら、精神面については、決して若い人には劣っていません。

精神の老化を防ぐには、常に新鮮な感覚を持つように努めることです。新鮮な感覚を持つと、知らないことに対する疑問がよみがえります。その疑問を解くための動きの中で、精神的な刺激が生まれます。刺激は老人が気持ちを常に若々しく保つ唯一の方法で、老人の生活に明るさと楽しさをもたらします。

世の中はいつの時代でも、老化を予防したり、少しでも遅らせたりする方法について議論が交わされています。老化を防ぐための議論の前に、欠かすことのできない条件があります。それは、老化を起こす前に病死しないことです。寿命は遺伝的に決まっています。加齢とともに疾病の発生率は高くなり、天寿をまっとうすることができなくなります。病死する確率も、加齢とともに上昇してしまうのです。

1日24時間のうち、老人はせめて1時間は歩きたいものです。歩くことの効果は医学的根拠に基づいています。高い血圧も、歩くことで正常範囲となることもあります。暦年齢と体力年齢は異なります。歩く時間が少ない人ほど血管系に異常が見られ、心電図などの検査で異常が見つかることが多いのです。ともかく「動くこと」が、筋肉や血管の働きを高めるといえるでしょう。

仕事でデスクワークを長時間行っても、エネルギーの消費量は食事の後片づけより少ないものです。運動はエネルギーの代謝を高めてくれます。幸せな人生の基盤は、毎日歩くことで作られるのです。