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横隔膜の可動域を広げてCOPDでも呼吸をらくにする[柿崎式胸郭コンディショニング]

呼吸器科

文京学院大学大学院保健医療科学研究科教授 柿崎 藤泰

呼吸機能は肺周辺の筋肉によって支えられCOPDの患者は横隔膜の動きが低下

[かきざき・ふじやす]——1966年、山形県生まれ。理学療法士、医学博士。昭和大学藤が丘リハビリテーション病院リハビリテーション部、昭和大学附属豊洲病院リハビリテーション部主任などを経て、2012年より現職。日本理学療法士学会、日本呼吸器学会、日本呼吸ケア・リハビリテーション学会に所属。著書に『運動器障害理学療法学テキスト改訂第3版』(南江堂)、『運動のつながりから導く姿勢と歩行の理学療法』(文光堂)などがある。

肺は予備能力の高い臓器で、多少の損傷を受けても自覚症状がなかなか現れません。一般的には、肺の機能が70%以下になると息切れやセキ、タンが慢性的に起こりはじめ、進行に伴って深刻な呼吸困難に悩まされるようになります。残念ながら、一度失われた肺の機能は治療を受けても戻すことはできません。「肺疾患は早期発見・治療がなによりも大切」といわれる理由はここにあります。

呼吸機能が低下する代表的な肺疾患として、COPD(シーオーピーディー)慢性閉塞性肺疾患(まんせいへいそくせいはいしっかん))が挙げられます。COPDは、かつて肺気腫(はいきしゅ)慢性気管支炎(まんせいきかんしえん)と呼ばれていた疾患で、喫煙などによって有害物質を長期間にわたって吸入することで起こります。そのほか、間質性肺炎(かんしつせいはいえん)や気管支拡張症、現在は肺MAC症(はい マ ッ ク しょう)が中心となっている非結核性抗酸菌症、肺がんといった肺疾患によっても呼吸機能が低下します。これらの肺疾患のほとんどは、治療を受けても肺そのものの状態をよくすることはできません。そのため、肺疾患の患者さんにとっての治療目的は、残っている呼吸機能の維持・向上になります。

呼吸機能の維持を図るうえで重要になるのが、肺周辺の筋肉を使った呼吸能力の向上です。私たちは呼吸をする際に肺が膨らむイメージをするかもしれませんが、実際に肺そのものがみずから動くことはありません。肺周囲の筋肉が適切に動くことで肺の弛緩(しかん)・拡張運動が生じ、私たちは24時間呼吸を行うことができるのです。

呼吸をする際に欠かせない筋肉はいくつもありますが、最も重要なのが横隔膜(おうかくまく)です。横隔膜は胸部と腹部の間にある筋肉で、胸椎(きょうつい)肋骨(ろっこつ)胸骨(きょうこつ)から構成される胸郭(きょうかく)の下部にドーム状にくっついています。

横隔膜が収縮すると胸郭が拡張し、肺の内部の圧力が下がります。すると、私たちの体は吸気(息を吸う)によって空気を肺の中へ入れて圧力を整えます。逆に横隔膜が弛緩すると、胸郭が狭くなり、呼気(息を吐く)によって空気が肺から押し出されます。横隔膜の動きによる胸郭の変化によって吸気と呼気が繰り返され、私たちは呼吸をすることができるのです。特に安静時の呼吸においては、約7割の動きを横隔膜が担っているといわれています。

生命を維持するために欠かせない呼吸は、横隔膜の存在と動きによって成り立つといっても過言ではありません。ところが、COPDの患者さんの多くは横隔膜の動きが悪くなっていることが分かっているのです。

腹式呼吸は、肺の下にある横隔膜という筋肉を使う呼吸法。息を吸うときに横隔膜が下がり、肺を膨らませることができる

横隔膜の活動範囲が狭まる原因は胸郭のゆがみで呼吸機能の低下を引き起こす

一般的にCOPDの患者さんの呼吸は、首と肩の筋肉を使う「胸式呼吸」です。「呼吸が浅く・速くなる」特徴がある胸式呼吸は疲れやすいだけでなく、酸素を取り込む効率が悪くなって息切れが生じやすくなります。息切れが起こった患者さんは息苦しさからさらに浅く速い呼吸になるため、より息切れが激しくなる悪循環を招きます。

COPDの患者さんが胸式呼吸に傾きやすい原因として、横隔膜などの周辺の筋肉がこり固まっていることが挙げられます。そのため、私はCOPDの患者さんにまずは胸郭のゆがみを整えることを指導しています。

私は、理学療法士と医学博士の立場から、長年にわたって医学的リハビリテーションの現場に携わってきました。中でも、私が専門領域とするのが「呼吸器および運動器疾患の理学療法」です。私たちのグループは、呼吸機能を高めるカギとして胸郭の存在に注目し、実践的な研究を行いました。

柿崎教授の研究グループが18人を対象に行った調査。胸郭のねじれの程度が大きいほど、横隔膜の活動が小さくなり、換気量も少なくなることが分かった

胸郭は左右対称の大きさと形をしているという印象をお持ちの方が多いと思いますが、私たちの研究では、日本人の9割以上の人が胸の中心にある胸骨が右に傾いた状態にゆがんでいることが明らかになりました。この傾向は右利き・左利きに関係なく見られます。

その後の研究によって、胸郭のゆがみを生む原因は、骨盤の中心位置と胸郭の中心位置のずれにあることも分かりました。胸郭がゆがんでいる人は、胸郭が骨盤の真上に位置せず、5~20㍉ほど左側にずれているのです。私たちのグループが健康な成人男性18人を対象に行った調査の結果、18人中16人の胸郭が左側にずれていることが分かっています。

胸郭のゆがみは、呼吸に問題を引き起こします。横隔膜がくっついている胸郭のゆがみの程度が大きいほど、横隔膜の活動できる範囲が小さくなり、浅い呼吸しかできなくなるのです。私たちの研究では、胸郭のゆがみが大きいほど、換気量が少なくなることが分かっています。

横隔膜の動きを整える胸郭コンディショニングで呼吸が深くなり息切れ対策に効果的

胸郭のゆがみを整える方法として、特にCOPDの患者さんにおすすめしたいのが、私が考案した「柿崎(かきざき)式胸郭コンディショニング」です。イスと数枚のタオルだけでできるこのコンディショニングは、手軽さはもちろん、その場で呼吸が深くなったことが実感できると高い評価をいただいています。

柿崎式胸郭コンディショニングを実践する際は、ひざが直角になる姿勢を取り、お(しり)の位置が10㌢の高さになるように畳んだタオルをお尻の下に入れることが大切です。お尻が背中より高い位置にあることが、このコンディショニングの有効性を高めます。

お尻が高い位置にあると、大腸や小腸などの内臓は、重力によって横隔膜に向けて移動します。その重みが横隔膜への刺激となって、徐々に機能を取り戻させます。柿崎式胸郭コンディショニングは一度取り組むだけでも効果が期待できますが、継続することで横隔膜だけでなく周囲の筋肉の機能が向上し、しだいに胸郭の位置も整っていきます。

実践する際は両手をみぞおちに添え、胸部と腹部が同時に膨らんでいるかどうかを確認しながら呼吸しましょう。胸だけ、もしくは腹部だけが膨らむ場合は正しい呼吸ができていないと考えてください。

心臓病を合併している方は注意が必要です。下肢(かし)が心臓より上に位置しているため、血流を送り出す際に心臓の負担になることがあります。主治医に確認したうえで取り組むようにしてください。

呼吸の浅さは、息切れのみならず、肩こり、冷え症、便秘、ストレスといったさまざまな不調の原因になっていることがあります。COPDの患者さんはもちろん、多くの方が柿崎式胸郭コンディショニングで深い呼吸を習得され、健康の維持に役立てていただくことを願っています。