プレゼント

薬剤師・国際中医師・鍼灸師の〝三つの顔〟で患者さんと向き合っています

ニッポンを元気に!情熱人列伝

光・くすりの医心堂 薬剤師・国際中医師・鍼灸師 山崎 秀樹さん

穏やかで風光明媚な瀬戸内海を望む山口県光市で、地域の人たちの〝よろず健康相談所〟として忙しい日々を送る薬剤師の山崎秀樹さん。「来られる方々にとって、少しでも役に立つ存在でありたい」と、患者さんファーストを貫く山崎さんは、三つの顔を使い分けて健康相談に乗っています。

漢方に目覚めて薬剤師になり、国際中医師と鍼灸師の資格も取得

[やまさき・ひでき]——1952年、兵庫県生まれ。長崎大学薬学部卒業。同大学大学院修了後、市民病院薬剤部に入局。1979年、雞林東医学院創始者の梁哲周氏に師事。中医学を学びながら鍼灸専門学校に通い、鍼灸師の資格を取得。1983年、山口県岩国市で医心堂薬局を開業し、1999年に山口県光市へ移転。2007年に国際中医師の資格を取得。西洋医学・東洋医学・中医学のよさを取り入れた健康相談が好評で「全国実力薬局100選 漢方・相談部門」に選出されている。

山崎秀樹さんが店主を務める漢方薬店「光・くすりの医心堂(いしんどう)」は、瀬戸内海の穏やかな海を望む山口県光市にあります。山崎さんのもとには、周辺に住む地域の方々をはじめ、市内や市外からも独自の視点による健康アドバイスを求めて多くの方が来られています。その理由の一つは、山崎さんが持つ「三つの顔」。薬剤師のみならず、国際中医師と鍼灸(しんきゅう)師の資格も持つ山崎さんは、西洋医学・東洋医学・中医学の視点を生かした適切な見立てが評判です。「総合病院に通院しても体調が戻らない」といった方の体調を回復に導く山崎さんの評判は口コミで広まり、「全国実力薬局100選 漢方・相談部門」にも選ばれています。今回の情熱人は、三つの顔を使い分けて健康相談に乗る山崎さんに、人生模様とポリシーを伺いました。

「もともとは医師になりたかったんです。ただ、私はどちらかというと神経質な性格なので、医師に向いていない気がしました。医薬品の研究者を目指して長崎大学薬学部に入学し、大学院にも進みましたが、身内が病気になった時に助けられないと思うと、何か違うと感じました」

進路について悩んでいた若き日の山崎さんはある日、近所の薬局を訪れた際に、薬剤師の働きぶりが目に留まって興味を持ったそうです。

「その薬剤師さんは、体調がすぐれない患者さんから相談を受けながら、親身になって応えていました。医師や研究者以外に、こういう仕事でも困っている人の力になれるのかと感銘を受けたんです。その光景がきっかけとなって、臨床薬剤師の道に進むことを決めました」

長崎大学大学院を修了した山崎さんは、広島市立舟入(ふないり)市民病院に勤務しながら漢方の私塾に通いました。その時の先生が、東洋医学の発展に貢献したことで〝日本漢方医学の復興者〟と称される大塚敬節(おおつかけいせつ)医師のお弟子さんでした。この出会いが、山崎さんの運命を変えることになったのです。

「そのお弟子さんと話しているうちに、私も漢方薬に興味を持つようになっていきました。しかもそのお弟子さんは、鍼灸師の資格もお持ちでした。確かに、薬剤師の資格だけでは患者さんに触れることができません。鍼灸師になれば、患者さんの体に触れることができ、より詳しく体からの情報を得ることができます。そこで一念発起して、東京にある鍼灸師の専門学校へ通うことにしたんです」

上京後、昼間は薬局で働きながら、夜は専門学校に通って鍼灸師の資格取得を目指した山崎さん。働いていた薬局で、さらなる転機を迎えることになります。

「勤めていた薬局の先生が、中医学の分野で高名な梁哲周(ヤンチヨルチュ)先生と親しい間柄だったんです。梁先生から直接お話を伺う機会をいただくうちに中医学の奥深さに魅了され、どんどん関心を持つようになりました。梁先生によれば、理論を中心に展開する中医学に対し、日本の漢方は経験医学。一見似ているようで、医学としてはまったく異なるとのことでした。そして梁先生に『中医学は理論さえしっかり習得できれば、初心者でも患者さんを()ることができる』と励まされてから、理論習得への意欲が高まっていきました。早く患者さんの力になりたいと思っていたので、梁先生から3年間、中医学をみっちりと学ばせていただきました」

一般的に、西洋医学は血液検査や画像検査などを通じて、体の外側に現れるデータを重視するのに対し、東洋医学の分野は患者さんの体調や体質など、体の内側から診て治療方針を決めるという違いがあります。さらに、梁先生が山崎さんに伝えたように、日本の漢方は、多くの病気を診た人ほどいろいろな病気を治せる経験優位の学問とされています。中医学は理論を軸とする学問のため、理論的な分析の有無がとても重要とされているのです。

山崎さんがみずから開発した牡蠣肉エキスの健康食品は、広島産の生牡蠣100%を使用。低温湯煎抽出法によって、牡蠣の身を崩さずにエキスのみを抽出している

「日本に漢方が入ってきた時は中医学と同じ概念だったのですが、江戸時代の鎖国以降、情報が入ってこなくなりました。以後、中国で積み上げられた漢方の理論に触れられなくなった国内の漢方医は、患者に対する経験をもとに漢方を展開するしかなかったのです。結果として、中医学とは異なる日本独自の漢方が生まれました」

「理論」と「経験」という、重視するものが異なる中医学と日本漢方の違いは興味深いですが、東洋医学と西洋医学の違いについても山崎さんはこう説明します。

「私たちが風邪を引いた時、まずは寒気が生じ、その後に発熱して汗が出ます。西洋医学では解熱(げねつ)剤で無理に熱を下げようとしますが、汗が出る際に熱も一緒に失ってしまいます。解熱剤で熱を下げると同時に熱を失うので、再び悪寒(おかん)がして震えまで生じる悪循環が起こります。これが風邪をこじらせた状態です。一方の漢方では、震えがくる原因を悪寒とし、体の中を温めながら汗を出して解熱します。その際に使われる漢方薬が発汗作用のある葛根湯(かっこんとう)です。漢方は体を正常な状態に戻すことを目的としている一方、西洋医学は症状を除くことを目的としています。文字で表すと西洋医学は対症療法で、漢方は対〝証〟療法といえるでしょう」

山崎さんが「対証療法」と表現するように、漢方で大切な概念とされるのが「証」の考え方。「見立て」「分析」ともいえる患者さんの「証」を適切に見極めることが、漢方薬を処方するうえで最も重要な点と話します。

舌の状態や脈などから患者さんの「証」を立て適切な漢方薬を処方

患者さんの「証」を立てるために山崎さんが生かしているのが、患者さんにじかに触れられる鍼灸師の資格。具体的には、脈を取ったり、舌を見たり(舌診(ぜつしん))して、一人ひとりの「証」を立てていきます。例えば、舌に白色や黄色の(こけ)舌苔(ぜ たい))が付着している人は不要な水がたまり、舌全体が紅く、苔が黄色く見える場合は熱がこもっていると判断するそうです。さらに、山崎さんが「必ず見ます」というのが舌の裏。血管が浮いている舌は血が滞っているサインとのことです。

山崎さんの話を聞いていると、「漢方薬は万能」と思いがちですが、「証」の見立てを誤ると、大きな副作用を伴うのも事実。かつて「肝炎には漢方薬の小柴胡湯(しょうさいことう)がいい」とされ、多くの西洋医学の医師が肝炎の患者さんに処方したことがありました。ところが、肝炎が改善した患者さんが現れた一方で、薬害によって間質性肺炎(かんしつせいはいえん)を発症してしまった人も現れたことで、漢方薬には副作用があるといわれた時期もあったといいます。

「小柴胡湯は本来、みぞおちからわき腹の熱を取る漢方薬で、肝臓の薬ではありません。熱を持っていない人が服用したことで潤いを奪われてしまい、間質性肺炎を患ったと考えられます。漢方薬についてきちんと学んでいれば、このような薬害は起こらなかったでしょう。西洋医学では漢方薬を対証療法として用いるのでなく特定した病名に用いる病名漢方として使われるので、しかたのないところもあるのですが……。また、2年間も葛根湯を処方されていたご高齢の患者さんが、脱水症状になって相談に来られたこともありました。葛根湯には発汗作用があり、発熱初期に使用する漢方薬ですから継続使用はまれです。同様に、葛根湯を長く服用されて相談に来られた若い男性も、上(くちびる)に縦じわが出るほど脱水症状を引き起こしていました。このお二人の例から、漢方薬は正しい証を立ててこそ生きることを痛切に感じました」

薬局を訪れる一人ひとりの悩みに耳を傾けながら「証」を立てていく

私たちの体にはもともと病気を治す力が備わっていると話す山崎さん。そして、病気を治せないのは「治す力が出ていないから」とも話します。一人ひとりの証を見極めて、治す力をつけてあげるのが漢方薬のあり方と山崎さんは断言します。

「『冷え症で悩んでいます』とおっしゃる人に話を聞くと、生野菜や氷入りのジュースといった、体を冷やすものばかりをとっていることが多いんです。それでは治す力は戻りません。どんなにいい漢方薬を服用しても、間違った食生活をしていたら治らないのは当然です。私たちの体を作っている食べ物をおろそかにしてはいけませんね」

医心堂を訪れるほとんどの人に、「病気を治すのはあなた自身の力。私はそのお手伝いをするだけです」と伝え、治す力を自分で取り戻すことを促しているという山崎さん。瀬戸内海のように穏やかな笑顔から発せられる厳しくも温かい健康アドバイスを求めて、今日も多くの人が医心堂を訪れています。