プレゼント

働く女性が健康を第一に考えられる社会を作りたい

ニッポンを元気に!情熱人列伝

女性支援コンサルタント 大西 ゆかりさん

現在、ビジネスシーンで多くの女性が活躍するようになった一方で、いまだほとんどの企業では、女性が働くのは厳しい状況です。「すべての女性が働きやすい社会」の実現を目指しているのが、y&c Co.(ワイアンドシーカンパニー)の(おお)西(にし)ゆかりさんです。大西さんが抱く想いとその背景について、お話を伺いました。

社会から取り残された気持ちになって泣きながら家に帰りました

[おおにし・ゆかり]——埼玉県生まれ。1999年、大手アパレル企業のワールドに入社。以後、複数の企業に勤務し、幅広いビジネススキルを身につける。2010年、子宮内膜症の発症を機に、当時勤務していた美容関連の企業を退職。2018年、女性活躍推進業務を中心としたコンサルティング会社「y&c Co.」を設立。

「私は、企業に雇用されている女性たちが生理休暇や産休、育児休暇を取りやすくするアドバイスをさせていただいています。婦人科系疾患のつらさは男性には理解されにくいですし、妊娠や出産に至っては、一定期間働くことができなくなります。多くの方が望む生理休暇についても、残念ながら、法律どおりにきちんと取れている女性は、ほとんどいないのが現状です」

そのように話す大西さんは、高校卒業後にアパレル最大手の企業に入社し、30歳のときに美容室などを運営している企業に転職。働く女性として順風満帆の人生を歩んでいた大西さんですが、思わぬ体調不良に悩まされるようになったといいます。

「私はもともと生理痛が重い体質です。でも、痛みやつらさは人と比べられないですし、『生理痛は痛いもの』と思ってやり過ごしてきました。ところが、美容業界に転職してまもない頃、これまで経験したことがない激痛に襲われたんです。身動きもできなくなり、救急外来を受診しました。多くの検査を受けましたが、痛みの原因は不明。10日後にレディースクリニックを受診し、ようやく激痛の原因が()(きゅう)(ない)(まく)(しょう)であることが分かったんです」

子宮内膜症は、子宮内膜もしくは似た組織が子宮以外の場所に発生してしまう婦人科系の疾患です。発症原因は不明とされ、生理のたび激痛に襲われやすいことから、生活の質(QOL)が著しく下がってしまうのです。

大西さんの場合、左の卵巣に7㌢大のチョコレート(のう)(ほう)ができていました。チョコレート嚢胞は、子宮内膜症が卵巣に起こることで発症します。月経血として排出されない古い血液が卵巣内にたまり、チョコレート状の液体を含んだ嚢胞となるのです。大西さんの卵巣にできたチョコレート嚢胞は、手術が必要なほど大きくなっていたそうです。

「レディースクリニックから紹介された総合病院でMRI(磁気共鳴断層撮影装置)検査を受けると、予想以上に重症化していることが分かりました。耐えられないほどの痛みだったためすぐに手術を受けたかったのですが、検査を受けた総合病院では手術が難しく、紹介された病院では手術が1年待ちといわれました」

何ヵ所もの病院で相談したものの、手術を受けるには1年~1年半年も待たなければならないという回答がほとんどだったと話す大西さん。お母さんといっしょに病院探しに奔走し、4ヵ月後に手術を受けられる大学病院をようやく見つけたそうです。

仕事以外にプライベートの悩みを相談されることも多いという大西さん

「将来的な妊娠や出産の希望や可能性を担当の先生と話し合った私は、子宮と卵巣を温存する選択をしました。手術は成功したものの、手術後から始まった子宮内膜症の投薬治療は副作用がきつく、とても苦しみました。私の場合は、不正出血とそれに伴う生理痛のような強い痛みに加えて、頭痛や手指がこわばるリウマチのような症状も起こりました。さらに、副作用として起こった情緒不安定や気分の落ち込みにも悩まされました」

当時の大西さんは30歳を過ぎたばかり。周囲の友人たちは結婚や妊娠・出産、会社での出世といった充実した生活を送っていました。公私ともに輝く同世代を見る一方で、病気に苦しむ自分の姿に、大西さんは精神的に追い込まれていったと振り返ります。

「街を歩く妊婦さんや、幸せそうに赤ちゃんを連れたママさんたちを見るたびに、心が締めつけられました。私が退職したのは治療に専念するためで、仕事は大好きなんです。通院の途中にスーツ姿の男性やOLさんを見かけることもつらく感じました。世界中で自分だけが取り残されているような気がして、泣きながら家に帰ったこともあります」

心の状態が不安定になりやすい毎日を送りながら、大西さんは手探りで子宮内膜症とのつきあい方を模索していきました。転機となったのは、32歳のとき。転院した大学病院の子宮内膜症外来で、患者の気持ちを理解してくれる医師と出会ったのです。

「主治医との出会いだけでなく、子宮内膜症と()(きゅう)(きん)(しゅ)の患者会に参加したことも、気持ちを前向きにさせてくれました。同じ苦しみを共有していることで話がすごく盛り上がり、『つらいのは私だけじゃない』と思えるようになったんです」

愛犬の存在も大きな精神的支えになったと話す大西さん。いっしょに暮らしている愛犬のココちゃんとの出合いは、治療に専念するために会社を辞めたことがきっかけだったそうです。

「当時の私は環境を変えたい一心で、最初に思いついたのがイヌを飼うことでした。ずっと飼いたかったのですが、仕事が忙しくて難しかったんです。すぐに保護犬施設に足を運び、出会ったココを家に迎えました。ココといっしょに過ごすようになってから、徐々に自分らしさを取り戻せている気がします」

愛犬ココのおかげで自分の体を気遣えるようになりました

大西さんにとって、愛犬のココちゃんの存在が大きな支えになっている

ココちゃんの存在は、子宮内膜症の治療にも貢献しています。大西さんは主治医から「規則正しい生活とバランスのいい食事、適度な運動も子宮内膜症の治療の1つです」といわれていたものの、運動が大きな壁となっていたそうです。ココちゃんと出合い、楽しみながら散歩ができるようになって理想的な運動ができているそうです。

「ココのおかげで、私はいままで以上に体調に気を遣うようになりました。私が倒れたら、ココのめんどうを見る人がいなくなってしまいますから。ココに支えられて子宮内膜症の治療をより前向きに受けられるようになった私は、経営コンサルタントと女性支援の仕事を始めるようになりました。会社員時代の私は、生理痛が重くても我慢して仕事をしていましたし、忙しさを理由に体調管理を後回しにしていました。でも、そのような働き方では病気を治すことはできません。誰でも、『体調が悪いときは休んで病院へ行く』という選択がすぐにできるような社会であるべきと思いました」

子宮内膜症の治療を受けるようになり、時間的・精神的に融通が利く仕事を始めることにした大西さん。独立の道を選んだのは、「病気とつきあっている自分の経験を生かしたい」と思ったことが理由だといいます。

「私自身の体験に基づいた気づきを『すべての女性が働きやすい社会を作る』という目標に変えて仕事にしています。その実現のためには、企業の労働環境を見直し、業務の振り分けを改善することが不可欠です。クライアント先にはまず、女性特有の体調を知っていただくことから始めています」

企業に対して業務の改善を指導する中で、さまざまな壁にぶつかることもあるという大西さん。その根本的な原因は、男性を中心とした社会の構造にあると分析しています。

「行政や企業活動の中心にいるのは大多数が男性。男性社会に女性が合わせているのが現状です。世の中には男性しかできないことや、女性にしかできないことがあります。また、女性だけでなく、男性も男性なりの問題を抱えています。男女平等と声を上げさえすれば、すべて解決するわけではありません」

「休みながら働ける社会」を実現するには、なによりも政治家や企業経営者の意識改革が必要と話す大西さん。もちろん、働く女性たちも受け身にならず、みずから経営者や男性たちに働きかけてほしいと話します。

「どんなに強く思っていても、口に出さなければ相手には伝わりません。生理痛が重くてつらいときは、悩みをもっと口に出して伝えるべきです。多くの男性は『女性の体は男性と違う』という事実をほとんど理解していません。働く女性の支援を広げるには、男女がお互いを理解し合ったうえでの意識改革が必要なんです」

大西さんが提案する女性の活動支援策を取り入れた企業からは、女性社員のみならず男性社員からも喜びの声が届いているといいます。子宮内膜症の経験をもとに立ち上げた、働く女性の支援活動に情熱を注ぐ大西さん。仕事が軌道に乗ってきた現在、より多くの女性たちの力になりたいと思っているそうです。

「女性の労働環境を見直すことは、会社全体の働き方を見直すきっかけになるんです。病気の経験を仕事で生かせるようになったいま、ようやく『子宮内膜症になってよかったかもしれない』と思えるようになりました。働く女性が健康を第一に考えられる社会を目指して、活動に取り組んでいきます」