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高齢や病気でも旅行を楽しめる!看護師考案の「バディケア」

ニッポンを元気に!情熱人列伝

一般社団法人日本バディケア協会 副理事長 吉田 美佐代さん

新しい発見や出会いなど「旅」には多くの魅力があります。年齢や病気などを理由に旅を諦める人が多い中、バディケアと呼ばれる新しいサービスが注目を集めています。看護師としての経験をもとに、新しい旅の形を提案している吉田美佐代さんにお話を伺いました。

バディケアはケアが必要な人の旅行をかなえる知識と技術です

[よしだ・みさよ]——1982年から准看護師として病院勤務を開始。2003年、正看護師の資格取得。2006年、旅行添乗看護師(ツアーナース)として勤務後、一般社団法人日本バティケア協会を設立。副理事長を務める。

「体を自由に動かせないから、外出できない」「車イスが必要だから旅行なんて考えられない」。そのような心境から旅を諦めてしまった人やご家族のために、心強いサポートがあるのをご存じでしょうか。旅行付き添いサービスの「バディケア」です。

バディケアは、仲間や相棒を意味するバディ(Buddy)と、気遣い・心遣いを意味するケア(Care)を組み合わせた造語で、吉田美佐代さんが考案しました。

現在、一般社団法人日本バティケア協会の副理事長を務める吉田さんは、看護師として病院に勤務していました。多忙な毎日を送りながら、従来の治療や薬だけでは、すべての病気を治せないことに悩んでいたとき、友人のご両親が旅行を望んでいることを知ります。吉田さんは、当時をこのように振り返ります。

「私は、修学旅行や林間学校に参加する子どもさんに帯同する、ツアーナースとしての経験もありました。ツアーナースは、子どもさんだけでなく、先生方の健康管理にも目を配りながら、全行程を安全に遂行する役割があるのです」

看護師のみならず、ツアーナースとしての経験も豊富な吉田さんは、友人からある相談を持ちかけられたそうです。

「当時70代前半だった友人のご両親が南仏に行きたがっているというのです。大切な友人の願いでもあるので、私がご夫婦の南仏旅行に同行することにしました。ご主人はみずからが営む医院で整形外科医として活躍され、奥様は経営を手伝っていたそうです。ご夫妻は仕事一筋の人生を送られてきたそうで、海外旅行の経験は一度もなかったとのことでした」

ところが当時、ご主人はパーキンソン病、奥様は(せん)()(きん)(つう)(しょう)と、難病といわれる病気を患っていました。特に、線維筋痛症は原因不明の激しい痛みを伴うため、奥様は日頃から麻薬のパッチを使って痛みを抑えていたそうです。一般的には旅行を計画できない厳しい状況の中、吉田さんはご夫妻の南仏計画を預かることになりました。吉田さんはご家族と相談して、まずは奥様の麻薬パッチの量を減らすことを目指したそうです。

「不思議なことに、南仏旅行の相談を重ねて現実味を帯びてくると、奥様は麻薬パッチを使わなくても動けるようになっていきました。とはいっても、やはり無理は禁物なので、旅行中はできるだけお二人とも車イスに乗って観光をしていただこうと思いました。私は航空会社や現地のホテル、旅行会社などに連絡を取って準備を整えました」

健康な人でも、海外旅行にはある程度の事前準備が必要です。まして旅行中に治療薬や医療機器が必要な人は、処方箋だけでなく、補助機器や車イスの機能の説明書なども英語や現地の言語で作成しなければなりません。車イスや医療機器は、入国の際に事前申請が必要な場合もあります。吉田さんはすべての準備を万全に整えて、ご夫妻を南仏までお連れしたといいます。

初めて南仏を訪れたご夫妻は、長年願っていたことをすべて体験して帰国。「いい思い出ができた」と、大変喜ばれていたそうです。

吉田さんが同行したイタリアとスペインを訪れた旅行は、参加者たちから大評判だった(左端が吉田さん)

「旅先で拝見したお二人のキラキラとした笑顔は、いまでも忘れられません。私はあくまでも付き添いとして同行させていただきましたが、ご夫妻のうれしそうな表情が、私にとっても大切な思い出となっています。この南仏での経験がもとになって、以後も多くの旅行の付き添いをさせていただきました」

吉田さんは、この付き添いサービスを事業化し、2016年11月に一般社団法人日本バディケア協会を設立。理事長を医師の(さか)(もと)(やす)()さんが務め、吉田さんは副理事長に就任しました。

「バディケアは、ケアが必要な方を行きたいところへお連れするための知識と技術です。活動のしかたはさまざまで、お客様に同行する形もあれば、観光地に迎えて現地で対応する形もあります。いずれにしろ、必要な知識と技術を身に着けている人間が同行する旅行は安心できると思います。もちろん、家族や友人など、身近な人たちで旅行を企画する際も、バディケアの知識を活用できます」

日本バディケア協会では、認定資格の制度も整えています。4級では簡単な(きょう)( こつ)圧迫(心臓マッサージ)やAEDの使い方、高齢者や障がいのある方への声がけや介助のしかた、車イスの使い方などを学びます。高齢者や障がいのある方の誘導や階段昇降などの介助方法は、旅行のみならず災害などの非常時にも役立つと評判を呼んでいます。

3級は介護実習を中心とした車イスの扱い方や入浴時の介助、歯磨きのしかたを身につけながら、さらには解剖学も習得範囲となっています。特に、観光地など旅行客を受け入れる側が習得しておくと役立つと吉田さんは話します。

「特に温泉がある観光地の方々には、入浴に関する知識と技術を学べる3級の資格取得がおすすめです。長野県(うえ)()市では、観光業に従事しながらバディケア3級の資格をお持ちの方が数十名もいらっしゃるんですよ」

2級は旅行業務に特化した知識と技術の習得です。旅行を手配する際に必要な情報の読み取り方を、旅行会社のパンフレットから学びます。最上級の1級は、地域のツーリズムの活性化に特化した内容です。ほかにユニークな内容として挙げられるのが、「空飛ぶナースコース」。これは、吉田さんのように、旅行専門の医療支援ができる看護師を養成するコースです。

旅行には心身ともに元気を取り戻す力があると実感しています

「取得した級にかかわらず、同行者として特に気をつけるべきなのは、お客様の脱水症状です。私たち人間は、1日に体重1㌔㌘につき30~50㍉㍑の水分が必要です。体重50㌔㌘の人は、1日に1.5~2.5㍑の水分になります。旅行者であるお客様は、自宅にいるときは水分補給に気をつけているのですが、旅先では張り切りすぎて水分補給を忘れてしまったり、トイレを我慢したくないからと、水分を控えたりしがちです。十分に水分をとらないと、突然、体調をくずされる場合があるので、旅先での水分補給は何よりも大切なことなんです」

吉田さんいわく、水分補給のほかに大切なのが「声がけ」。バディケアの同行者は旅行者に「お体の調子はいかがですか?」と声がけをしながら、顔色や体調のよしあしを把握しておくことで、異変や体調の変化に気づきやすくなるそうです。

バディケアを利用することで、旅行を諦めていた多くの人が旅を楽しめるようになった

バディケアをして最もうれしい瞬間——それは、「お客様の輝いている表情を見たとき」と、吉田さんは断言します。

「旅先で希望されていたものを見たり食べたりしているときのお客様の表情は、ほんとうにキラキラとしているんです。一人ひとりの輝いている表情を拝見すると、『お連れできてよかった!』と、心からうれしくなります」

また、吉田さんにとって旅行の魅力は、心身ともに元気を取り戻せることだそうです。

「南仏に同行したご夫妻がよい例ですが、線維筋痛症を患っていた奥様は、旅行計画を立てはじめたときから症状が軽くなって、ついに痛み止めの麻薬パッチが不要になるほど元気になったんです。帰国後、旅行の楽しさを満喫されたご夫妻は、『今度はどこに行こうか?』と、お二人で会話が弾んだと伺いました。私に対しても、『次はあそこに行きたいね』と、前向きな希望を話してくださいます」

病気を患っている方の中には、国内外の旅行はもちろんのこと、近所の商店街へ行くだけでも介助が必要な方がおおぜいいます。そんなときでも同行者にバディケアの知識と技術があれば、より広い範囲で外出先を選ぶことができるのです。コロナ()が続く現在、海外のみならず国内旅行もままならない状態ですが、旅先での体験は人生を豊かに彩ってくれます。コロナ禍が収束したら、もっと多くの人に旅を楽しんでもらうために、吉田さんはバディケアの知識と技術の普及に努めていくそうです。