イチビキ株式会社 研究開発部部長 西村 篤寿さん
日本を代表する伝統食品として、さまざまな料理に用いられる「味噌」。近年では、発酵食品としての健康効果が一段と注目されるようになっています。江戸時代から受け継がれる伝統の味噌蔵と最新科学のコラボレーションから生まれた「蔵華乳酸菌」の誕生物語をお届けします。
古い伝統を守りながら新しさに挑戦する社風で味噌由来の乳酸菌が誕生
「私たちの会社では、江戸時代から受け継ぐ味噌蔵で発見された植物性乳酸菌の研究をもとに、新しいタイプの乳酸菌食品を開発しました。日本人の食生活になじんだ“味噌由来の乳酸菌”の健康効果を、一人でも多くの方に知っていただきたいと思います」
このように話すのは、愛知県名古屋市で味噌や醬油をはじめとする食品の製造を行うイチビキ株式会社(以下、イチビキと略す)の西村篤寿さんです。西村さんは大学院で修士号を取得した後、イチビキに入社。翌年に大学の研究所へ派遣され、酵素に関する研究で博士号を取得しました。入社以来、研究畑を歩んできた西村さんは現在、味噌醸造業界では最多レベルの研究員を擁する研究開発部の部長職を務めています。
西村さんが勤務するイチビキは、江戸時代中期の1772年に、味噌・たまり醤油の醸造業として創業。1919年(大正8年)に同社の前身である株式会社が設立され、2019年に会社設立100周年を迎えています。
「イチビキは創業以来、原材料と製法にこだわりながら、創意工夫を重ねてきた会社です。私たちが『蔵華乳酸菌』と名づけた味噌由来の乳酸菌も、こだわりと創意工夫によって生まれた結果の一つといえます」
味噌由来の乳酸菌が生まれた背景には、こだわりと創意工夫を重視するイチビキの社風があったと話す西村さん。さらに詳しく教えていただきました。
「原材料へのこだわりは、『イチビキ』という社名に現れています。イチビキのロゴマークは、すっきりと一直線に引いた一本棒です。これは、明治・大正時代に北海道へ大豆の仕入れに行ったとき、質の良い大豆の荷に一本棒の印をつけて買い付けていた逸話に基づいています。すっきりと引いた一本棒が、やがて『一引き(イチビキ)』と呼ばれるようになり、後に社名となりました。原材料や品質に対するこだわりの象徴として、『一引き』は現在も会社のシンボルとなっています。
また、創意工夫の象徴として、木製の味噌仕込み桶では日本最大の「丈三桶」があります。1911年(明治44年)に完成した丈三桶は、底板の直径と高さが一丈三尺(約3.9㍍)、容量は約50㌧という巨大な木桶です。通常の10倍の味噌を仕込むことができる丈三桶は、『品質が安定したおいしい味噌をたくさん造って多くの人に届けたい』という初代社長の想いから誕生したそうです。創意工夫の象徴である丈三桶は、造られてから100年以上経ったいまも、醸造現場で大切に使われています」
伝統を守りながら、新しい研究に取り組む柔軟な社風の中で、味噌の健康効果をより高める研究に携わってきた西村さん。味噌由来の乳酸菌の研究開発を成功させるまでには、いくつかのきっかけがあったと振り返ります。
「きっかけは、現社長が語ってくれた夢の話でした。社長就任を目前に控えた7年前のある日、私に将来の構想をこう伝えてくれたのです。『イチビキの味噌には健康の増進に優れた成分が豊富に含まれている。健康に役立つ製品を、ドラッグストアやスーパーマーケットなどで展開したい』という熱いメッセージでした」
実は、いまからさかのぼること約20年前。西村さんたちは乳酸菌の研究に挑戦したものの、事業化までには至らず、苦い思いを経験していました。その後、発酵の力で味噌に機能性成分を増やした製品を作ったそうですが、味噌の製品でエビデンス(科学的根拠)を証明することの難しさを痛感したそうです。
「エビデンスがある味噌製品の開発において、煮詰まった状況を打破したいと思っていました。そこで、かねてから交流があった岐阜県のアダプトゲン製薬株式会社さんに相談したところ、乳酸菌の原料販売を提案していただきました。さらに、一緒に新しい乳酸菌食品を開発しましょうと、共同開発のご提案もいただきました」
偶然にも同じ時期に、大麦若葉やヨクイニンなどの人気商品を持つ山本漢方製薬株式会社さんからも、乳酸菌の共同開発の打診があったといいます。
「社長の夢と共同開発のご提案。これらはすべて同じ方向を向いていました。私は研究部門の責任者として、『やるしかない、いましかない!』と思い、乳酸菌の開発に着手しました」
開発意欲は高かったものの、乳酸菌を研究している多くの企業の中で注目されるのは容易ではありません。しかし、西村さんは心強さを感じていたといいます。なぜなら、イチビキには受け継がれた伝統の味噌蔵にすみつくオンリーワンの乳酸菌があるからです。西村さんは、イチビキの味噌由来の乳酸菌で新しい製品を花開かせたいと、味噌蔵を眺めながら決意を新たにしたそうです。
1グラムの中に4兆個という驚異的な量の乳酸菌があった!
歴史と伝統が息づくイチビキの味噌蔵にすみつく乳酸菌には、他社が真似できない特長がありました。それは、ほかの菌が生育できない高食塩濃度でも増えるため作りやすいこと、加えて、1㌘の中に4兆個という驚異的な量の菌が含まれていることでした。つまり、イチビキの味噌由来の乳酸菌は、少量でも多くの乳酸菌を摂取できるのです。
「菌の量とともに重要なのが、菌の質です。そこで私たちは、2社の製薬会社さんとの共同研究で、味噌由来の乳酸菌が私たちの体にどのように働きかけるかを調べることにしました。テーマとしたのは、食を通じた予防医学です。具体的には、次の2点の効果に絞って研究を進めました」
1.生活習慣病の予防効果(抗肥満・内臓脂肪の蓄積抑制作用)
2.自然治癒力の向上効果(免疫賦活作用)
1の実験の結果、脂肪分が多いエサをとったマウスは体重が増えたのに対し、脂肪分が多いエサと味噌由来の乳酸菌(殺菌)をいっしょにとったマウスの体重は、ふつうのエサをとったマウスと変わりませんでした。
さらに、ヒトを対象にした試験では、脂肪分が多い食事をよくとる人でも、味噌由来の乳酸菌(殺菌)を毎日とることで、体重の増加や体脂肪の蓄積を抑えられることが期待できると分かりました。
続いて2の免疫賦活作用については、味噌由来の乳酸菌(殺菌)は、免疫細胞(リンパ球)の一つであるB細胞を活性化して、抗体(異物とたたかう物質)を素早く豊富に作ることが期待できると分かりました。マウスの実験では、味噌由来の乳酸菌(殺菌)をとったマウスの血清中のIgA(抗体)が有意に上昇し、全身の免疫力が向上することが示唆されたのです。
被験者の血液データで見つけた共通点から貧血改善作用を発見
イチビキの味噌由来の乳酸菌には、乳酸菌としては珍しい貧血改善効果のあることも確かめられています。西村さんによると、この事実は偶然発見したそうです。
「味噌由来の乳酸菌に貧血改善効果があることは予測していませんでした。きっかけは、ヒトに対する味噌由来の乳酸菌(殺菌)の安全性試験を行ったときです。被験者の血液データを見ると、血清鉄の数値に上昇傾向がある共通点があったのです」
その後、貧血気味に育てたマウスに味噌由来の乳酸菌(殺菌)を与えたところ、血中ヘモグロビン、フェリチン、血清鉄といった貧血に関わる数値が改善。マウスの毛ヅヤも明らかによくなったそうです。
マウス実験やヒトに対する試験によって、味噌由来の乳酸菌が発揮する作用を確認した西村さん。以後、共同開発企業との商品化のプロジェクトが進み、ダイエット志向の中高年や便秘・貧血に悩む女性、アスリートなどを対象にした「蔵華乳酸菌」が誕生したのです。
「それこそ手前味噌な話ですが、蔵華乳酸菌の評判は上々です。実際に飲んでいただいた方から、『便秘が解消した』『カゼを引かなくなった』『お酒を飲みすぎても翌日に下痢をしなくなった』といった喜びの声をいただいています。ほかにも、インフルエンザが流行したとき、蔵華乳酸菌を飲んでいた人だけが感染しなかったという話もあります。ちなみに、私は味噌由来の乳酸菌の研究を始めてから4年以上、蔵華乳酸菌を飲んでいますが、一度もカゼを引いていません」
生活習慣病の予防をはじめ、健康意識の高い人たちの間で話題を集めている蔵華乳酸菌。ところで、蔵華乳酸菌というネーミングには、どのような意味が込められているのでしょうか。
「商品化のめどがついた段階で、イチビキとアダプトゲン製薬さんの社内で商品名のアイデアを募集したところ、約600もの候補が上がりました。私自身も10案ほど考えて応募しましたが、最終的にはアダプトゲン製薬の社員さんが発案した『蔵華乳酸菌』に決定しました。その社員さんによると、『味噌蔵で発見された乳酸菌が腸内フローラ(お花畑)によい影響を与える』というイメージから『蔵華』というネーミングを思いついたそうです。市販されている乳酸菌食品の多くはカタカナの商品名が多いですから、漢字を用いたネーミングは印象的だと思います」
私たち日本人の食生活にとって、なくてはならない味噌の存在。優れた発酵食品としての認識はあったものの、健康効果がエビデンスとして明らかになることで、味噌の健康パワーをより身近に感じられることでしょう。西村さんはこれからも、発酵食品と発酵菌の健康効果を科学的に研究していきたいと話します。
「人生100年といわれる時代において、健康寿命を延ばすには体はもちろん、心の健康維持も大切です。最近では、腸内環境が脳に影響を与えることが分かってきています。蔵華乳酸菌にも心の健康維持に関わる効果があるのではないかと、日々研究を進めています。
味噌由来の新しい乳酸菌として、無限の可能性を秘める蔵華乳酸菌に注目していただきたいと思います」
西村さんたちが情熱を注ぐこの研究は、愛知県の「新あいち創造研究開発補助金事業」、「豊橋市イノベーション創出等支援事業」の一環として行われています。