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脊柱管狭窄症の薬物療法は鎮痛・血流改善・筋肉弛緩が中心

整形外科

久我山整形外科ペインクリニック院長 佐々木 政幸

脊柱管狭窄症の症状が軽度な場合は保存療法だけで十分な効果があり8割の患者が満足

[ささき・まさゆき]——1995年、昭和大学医学部卒業後、慶應義塾大学医学部整形外科学教室に入局。済生会宇都宮病院、国立療養所村山病院(現・国立病院機構村山医療センター)、東京都保健医療公社大久保病院などでの勤務を経て、2010年より現職。日本整形外科学会認定整形外科専門医・脊椎脊髄病医・スポーツ医・運動器リハビリテーション医、日本脊椎脊髄病学会認定脊椎脊髄外科指導医。NPO法人『腰痛・膝痛チーム医療研究所』副理事長。

(よう)()(せき)(ちゅう)(かん)(きょう)(さく)(しょう)(以下、脊柱管狭窄症と略す)の患者さんは、足腰の痛みやしびれ、だるさを訴えることが多く、中にはひざや()(かん)(せつ)周辺の痛みやしびれを訴える方もいます。患者さんによって訴える症状に違いが出るのは、圧迫されている神経の部位や型が異なるためです。脊柱管狭窄症は、圧迫される神経の型によって一般的に「(しん)(けい)(こん)型」「()()型」「混合型」の3つに分けられます。

神経根は、(せき)(ずい)の末端から左右に枝分かれした神経のことです。神経根が脊柱管の狭窄によって圧迫されるタイプを神経根型といいます。神経根は背骨の左右に1つずつあるため、通常は左右どちらかの神経根が障害を受け、症状も左右どちらかの足腰に出るのが特徴です。

馬尾は、脊髄の末端にある神経の束のことで、(よう)(つい)()の脊柱管の中に存在します。馬尾が脊柱管の狭窄によって圧迫されるタイプを馬尾型といいます。馬尾が圧迫されると、馬尾とつながっている左右の()()全体の神経に影響が出るため、左右両方の下肢の痛みやしびれが広範囲に及びます。さらに、(かん)(けつ)(せい)()(こう)や脱力、排尿障害が現れるのが特徴です。

神経根型と馬尾型が併発したタイプを混合型といいます。2つのタイプが合わさっているため、症状も馬尾型と神経根型の2つの特徴を持っています。

脊柱管狭窄症は、ほとんどの場合、問診と身体所見で診断することができます。具体的には「間欠性跛行の有無」「痛みやしびれが出るまでに歩ける距離や時間」「上体を反らすと症状が悪化するかどうか」「症状の出方や出ている部位」「筋力低下や知覚障害の有無」など、脊柱管狭窄症の主な症状を確認します。

脊柱管狭窄症の治療法は、大きく分けて「保存療法」と「手術療法」があります。安静時の耐えがたい痛みやしびれ、重度の感覚障害や運動マヒ、排尿・排便障害などの症状がある場合は手術を検討することもあります。しかし、多くのケースでは保存療法から始めます。

保存療法には、薬物療法、理学療法、運動療法、神経ブロック療法などがあり、これらを組み合わせて治療を行います。症状が比較的軽い患者さんの場合は保存療法だけで十分に症状をコントロールすることができ、約8割の方が満足できる状態を維持しています。

薬物療法で最初に使われるのは、血流改善薬のプロスタグランジンE₁です。脊柱管狭窄症による足腰の痛みやしびれは、脊柱管内の血管が圧迫されて末端に伸びる神経に酸素や栄養が行き渡らず、()せ細ってしまうことで生じます。プロスタグランジンE₁には患部の血流を促進して、足腰の痛みやしびれを改善する働きが期待できます。

そのほか、NSAIDs(エヌセイズ)やプレガバリンなど、鎮痛効果のある薬も使われます。軽症の患者さんの場合は、薬物療法で症状をうまくコントロールできることが多く、たいへん有効な治療法です。

一方で、NSAIDsには副作用として多くを占める胃腸障害のほかに、肝臓や(じん)機能に悪影響を及ぼすケースがあるため注意が必要です。また、プレガバリンには、めまいや吐き気、(けん)(たい)(かん)などの副作用のおそれがあります。薬物療法を行う中で副作用と考えられる症状が出た場合は、すぐ主治医に相談するようにしてください。

薬物療法を治療の基本として、必要に応じてコルセットで姿勢を矯正したり、患部を温めて血流を促進したりする理学療法や、筋力を維持・強化する運動療法が行われます。しかし、脊柱管狭窄症に関しては、薬物療法以外の治療法が有効であることを示す、十分な科学的根拠が得られていないのが実情です。症状が改善しない場合や足腰の痛みやしびれがひどい場合は、患部やその神経の近くに局所麻酔薬を注射する、神経ブロック療法を行うこともあります。

ただし、薬物療法以外の保存療法が無効なわけでは決してありません。特におすすめなのが運動療法です。運動療法は、脊柱管狭窄症の(ぞう)(あく)因子の1つである肥満の防止や、寝たきりを招く筋肉減少の予防になります。さらに、腰の筋力を強化すれば、脊柱管への負担の軽減にもつながります。

保存療法を3ヵ月以上行っても改善が乏しい場合は手術療法が検討され目標設定が大切

腰部脊柱管狭窄症の治療は、具体的な希望を医師に正確に伝え、実現可能な目標を設定して治療に取り組むことが大切

最終的な治療法として、保存療法を3ヵ月以上行っても改善が見られない場合は、手術療法が検討されます。手術療法には、狭窄した脊柱管を広げるために(つい)(きゅう)という脊柱管の背中側にある骨の壁を一部切除し、圧迫している骨の(とげ)(じん)(たい)を取り除く(かい)(そう)(じゅつ)や、椎弓の多くを取り除く椎弓切除術。さらには、椎弓切除術に追加してチタン製のインプラントで腰椎を補強する(せき)(つい)()(てい)(じゅつ)などがあります。

手術療法のメリットは、狭くなった脊柱管を広げることで神経の圧迫を取り除き、根本的な原因の解消が期待できる点です。しかし、デメリットとして、感染症などの合併症や再発のおそれがあることに加え、脊柱管狭窄症を長期間患っている場合は一部の神経が回復不可能で、術後に症状の一部が残ることも珍しくない点が挙げられます。特にしびれは完治しにくく、軽減はするものの症状が残る患者さんは少なくありません。

手術療法は決して100%の完治が望める治療法ではありません。それにもかかわらず、「将来歩けなくなるのが心配だから、いまのうちに手術を受けておきたい」といった予防目的や、「登山はしたことがないけれど、一度くらい挑戦してみたい」といった発症前よりいい状態を求めるような患者さんが少なからず見受けられます。手術療法に過大な期待を寄せるのはおすすめできません。

手術を行うかどうかを選択する際には、医師と相談を重ねて実現可能な目標設定を行うことが大切です。「休まないと10㍍しか歩けないが、100㍍は歩けるようになりたい」「歩行補助車なしで買い物に行きたい」「(つえ)をついて歩けるようになりたい」「痛みを軽減したい」「旅行に行きたい」など、実現可能な現実的な目標を設定することが大切です。