プレゼント

私の夢は尿もれに悩む人を〝ゼロ〟にすることです

ニッポンを元気に!情熱人列伝

尿もれ研究家 前川 竜希さん

40歳以上の女性の約4割が悩んでいるといわれる「尿もれ」。改善に役立つ手段として知られる骨盤底筋運動は実践や継続が難しく、挫折する人が多いといわれています。情熱を注いで骨盤底筋運動の普及に努める前川さんは、お母さんの言葉によって大きな気づきを得ることになりました。

人知れず尿もれに苦しんでいた母の姿にショックを受けました

[まえかわ・たつき]——1979年、三重県生まれ。2002年、株式会社ドリームに入社し、骨盤関連の健康器具の開発・販売に携わる。2016年、骨盤底筋運動機器を開発し、尿もれ研究家としての活動を開始。2019年、改良版の運動機器や、尿もれ解消に役立つLINEアプリを公開。尿もれに悩む人の救世主として話題を集めている。

「尿もれに悩んでいる人にお伝えしたいのは、『尿もれは治る可能性がある』ということです。尿もれのいちばんの原因は(ふく)(あつ)(せい)尿(にょう)(しっ)(きん)で、尿もれ全体の7割を占めています。そのうち7割が、(こつ)(ばん)(てい)(きん)を鍛えることで治るといわれています。つまり、尿もれで悩む人の約半数は治せるのです」

そう熱く語るのは〝尿もれ研究家〟として注目を集めている(まえ)(かわ)(たつ)()さんです。自分の意思とは関係なく尿がもれてしまう「尿もれ」は、医学的には尿失禁と呼ばれ、40歳以上の女性の約4割に起こるといわれています。

「尿もれの中でも、おなかに力が入ることで起こるものを腹圧性尿失禁といいます。くしゃみをしたときや重い物を持ち上げたときなどにおなかに力が入り、尿がもれてしまうタイプです。腹圧性尿失禁を治すいちばんの方法は、骨盤底筋を鍛えることです」

前川さんが尿もれ研究家として活動するきっかけとなったのは、骨盤底筋の研究です。当時の前川さんは、骨盤の位置を調整する機器の開発・販売に携わっていました。機器は東洋医学の観点に基づいて開発されていましたが、前川さんの開発チームは、商品の説明が東洋医学的な抽象論になってしまうことを心配していました。西洋医学の視点で科学的根拠を提示しようと考えた前川さんの研究チームは、複数の大学との共同研究・開発に取り組むことになったそうです。共同研究者の中には、広島大学大学院医系科学研究科講師の(まえ)()(よし)(あき)先生もいました。

「当時の前田先生は、一定の振動を与えることで骨盤底筋を強化する研究を行っていました。骨盤周囲の研究は、まさに私たちの望むところだったので、前田先生に共同研究をお願いしました。するとある日、前田先生と世間話をしていたら、先生の奥様がめでたくご出産されたという話になりました。ところが、おめでたいのもつかの間で、奥様は出産後から尿もれに悩むようになったと先生が嘆いていたのです」

前田先生から、「出産後の尿もれは、妊娠中に負担がかかった骨盤底筋が緩んでしまうことが原因で起こる」と説明を受けた前川さん。関心は持ったものの、そのまま月日が過ぎていきました。ところが数ヵ月後、尿もれは()()(ごと)ではなく、前川さんのお母さんにも起こるようになったそうです。

健康な男性8人を対象に、機器を使用した骨盤底筋強化トレーニングの効果を調べた広島大学との共同試験。トレーニング後は筋力の向上が確認され、振動をつけることで筋力がより強化されることも分かった

「私の母は70代ですが、息子の私が驚くほど多趣味で活動的なんです。私が実家に帰ったとき、母と買い物に行って1時間ほど車で移動していました。実家は田舎なので、周囲には建物1つありません。すると、母が私にいえず車の中で尿もれを起こしてしまっていたんです。いつも活発な母が、人知れず尿もれに苦しんでいたことを知ってショックを受けました。母の姿を見ながら、『多くの人を悩ませている尿もれの問題を、自分が解決しなければ!』と思ったんです」

前川さんは研究チームが持っていた技術を応用しながら、前田先生とともに骨盤底筋を鍛える機器を開発。機器の上に座ると振動が起こり、鍛えるべき骨盤底筋の位置が分かるという画期的なものでした。

「尿もれの予防と改善には骨盤底筋の強化が効果的であることは知られていましたが、多くの()尿(にょう)()科では骨盤底筋を鍛える体操法が書かれた紙を渡しているだけでした。実際に試みても正しい方法が分かりにくいので、続けられる人は少なかったんです。その点、私たちが開発した機器は、座るだけで骨盤底筋が自然と座面の凸部分に当たるので、どこに意識を置いて運動をすればいいかがすぐに分かります。さらに、振動を与えることで効率的に筋力をアップさせられるのです。効果を確かめるために、まずは母に試してもらいました」

機器を試してもらった母から「なにこれ?」といわれました

前田慶明先生(右)と共同で開催した尿もれサロンの様子。参加者の言葉が、大きな気づきになったと前川さんは話す

機器の開発とともに、尿もれを改善するためのセミナーを開催することを企画した前川さん。広島大学から2人の講師を迎え、開催地は人口が多い名古屋を選択。作ったチラシを手作業で100枚以上配布して準備は万全。「きっとたくさんの人に喜んでもらえるに違いない」と思っていた前川さんでしたが、予想外の結果になったそうです。

「あれほどがんばって準備をしたのに、セミナーの参加者はわずか2人だったんです。合計5回ほど開催したのですが、多いときでも4人しか集まりませんでした。残念な気持ちや悲しさの前に、『こんなに来てもらえないなんて……』と、あぜんとしたのを覚えています」

めげることなくセミナーの開催を続けていた前川さんは、あることに気づきました。参加者全員が「尿もれに悩んでいるのは自分ではなく、“家族”です」と話していたのです。前川さんは、この言葉に隠された事実を知って衝撃を受けたといいます。

「尿もれに悩んでいる人たちは、そのことをオープンにできず、家族が困っているといっていたんです。尿もれに悩んでいる自分自身の姿に、とてつもない恥ずかしさを感じていたんですね。そうした方たちの気持ちにまったく寄り添えていなかったことを痛感しました」

ちょうどその頃、機器を試してもらっていたお母さんから感想が届いた前川さん。お母さんから喜びの声が聞けると期待していたのですが、返ってきたのはダメ出しの嵐だったそうです。特に心に響いたのは、「なにこれ?」というお母さんの言葉だったといいます。

「私は分かりやすさを最優先に機器を開発したという自負がありました。でも、母の口から出る言葉は、『どう使えばいいか分からない』『正しく使えているのか分からない』『効果があるのか分からない』という不安や不満ばかり。その感想をすべてひっくるめた言葉が『なにこれ?』だったのです。母の言葉が身にしみた私は、開発を見直すことにしたのです」

骨盤底筋運動を続けているみなさんとずっとご縁をいただきたい

改良前の機器
改良後の機器
患者さんの目線に立った「分かりやすさ」が進化している

前川さんは機器の改良に取り組みました。振動がより骨盤底筋に伝わるようにしたり、骨盤底筋に力が入るとランプがついて目で確認できるようにしたりするなど、使用者の目線に立った改良を心がけたといいます。

「筋トレのメニューや目標を細分化して、いまの自分が何をすればいいのかが分かるようにしました。機器の改良版を母に試してもらうと、10日で尿もれが改善したと喜んでくれたんです。いまでは、母の尿もれはすっかり完治しています。尿もれ研究家を名乗るきっかけになった母の改善ぶりは、私にとって大きな手ごたえになりました」

さらに前川さんは、骨盤底筋運動を普及させる手段として、セミナーではなく、SNSの1つであるLINEを活用することにしました。尿もれに悩んでいる人どうしが匿名で交流できるLINEを使えば、(しゅう)()(しん)を感じることなく情報共有できると考えたのです。前川さんは専門家とともに、骨盤底筋運動の情報提供や尿もれの管理ができる無料のLINEアプリ『キュットちゃん』を開発。尿もれに困っている数多くの人が利用しているそうです。

「LINEアプリは、いまの自分の尿もれの状態と、どのくらいの成果が出ているのかが分かるように開発しました。現在、アプリの登録者は千人を超えています。セミナーでは参加者が4人だったことを考えると、感慨深いものがありますね」

LINEアプリでは、尿もれに関する情報管理のみならず、尿もれに悩んでいる人どうしの励ましや情報交換が活発に行われていると話す前川さん。登録者の中には、尿もれが改善する人が続々と現れているそうです。機器の開発やサービスといった一連の尿もれ改善の活動を行う中で、前川さんはさらに大きな気づきを得ているそうです。

「骨盤底筋運動は、続けないと効果が徐々に失われていきます。つまり、私が関わっている皆さんとは、骨盤底筋運動を続けていただく限り、ご縁がずっと続くんです。『骨盤底筋運動を通じて、困っている方の人生に寄り添う』ことが私の使命。これからも尿もれの改善をライフワークに活動を続けて、尿もれで悩む人をゼロにすることが私の大きな夢です」

尿もれ改善アプリ『キュットちゃん』

尿もれに悩む人のためのコミュニケーションツール。無料で尿もれ改善をサポートします。